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第八編 決戦態勢・終戦・戦後復興

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第六章 レクイエム

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 終戦に先立つこと二ヵ月余、五月二十五日の大空襲により学苑のキャンパスが被った莫大な物的被害は前章に詳述したけれども、そうした物的損失以上に、戦争による多大の人的損失は、一世紀に亘る学苑史上特筆大書されるべき痛恨事であった。その中で、豊川海軍工廠に勤労動員中の学生の被爆については本編第四章第三節に既述したが、学苑の教職員・校友・学生の日中・太平洋戦争犠牲者総数は、直接の被害者のみでも、それに数百倍するものがあった。

 厚生省援護局が編集した『引揚げと援護三十年の歩み』によると、外地での戦没者数は合計二百四十万人に達したという(七〇六頁)。この他一般国民の犠牲者は「公的資料の基礎となっている経済安定本部の集計によれば、沖縄県をのぞく全国の市民の死者数は約三〇万人。アメリカ戦略爆撃調査団報告では約三三万人。全国戦災都市連盟の調査では五一万人」(日本の空襲編集委員会編『日本の空襲――一 北海道・東北』三頁)に上り、これを加えると、その数は二百八十ないし二百九十万に近かったのである。そもそも戦争犠牲者中には、研究や業務を応召等により中途にして放擲せざるを得なかった者、空襲等のため住居を破壊されたり最愛の家族を失ったりした者等も包含されるべきであろう。しかしここでは、これまでの当編集所独自の調査、あるいは校友会をはじめとする諸機関、御遺族、校友その他関係者から寄せられた多数の情報により確認された学苑関係者で軍人、軍属として戦死あるいは戦病死した者、原子爆弾をはじめとする無差別爆撃により生命を失った者、および勤労動員中に爆撃や事故で亡くなった者など、戦争の直接の被害者として生命を失った人々のみに限局せざるを得ないのを、あらかじめご容認いただきたい。

一 教職員・校友・学生の犠牲者

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 教職員の応召者を、『早稲田学報』掲載の「出征教職員」、『理事会要録』、『教職員異動通知簿』によって年別に見ると次の通りである。

昭和十二年 安部正三ら三一名 同 十五年 野村平爾ら二名

同 十三年 高岡道太郎ら二〇名 同 十六年 滝口宏ら六名

同 十四年 伊藤賢誠ら二名 同 十九年 川原篤ら六名

このうち将校であった滝口のように、四回も応召、除隊を繰り返した者もあったから、昭和十四年から二十年までに学苑から文部省に提出された左の報告書が示す如く、年別に軍隊に在籍していた教職員は更に多数に上った。

昭和十四年九月三十日現在 三七名 同 十八年 (不明)

同 十五年十月三十一日現在 二一名 同 十九年三月一日現在 八五名

同 十六年十二月一日現在 五二名 同 二十年四月現在 二六名(教員および教務補助のみ)

同 十七年十二月十五日現在 五三名

 二十年四月十五日には、政治経済学部教授で四十七歳の陸軍予備少尉久保田明光にまで応召の命が下るに至ったが、よもや召集されようとは予期しなかった久保田は、簞笥の底から軍服を出してみると、何箇所かの虫喰いを発見し、やむを得ず絵具を塗ってごまかして着用したと告白している。軍当局も久保田の活用の途に苦慮したのであろう、学部陸軍軍事教官として学苑に派遣した。しかし配属将校室に机を与えられた久保田は、八月二十三日退任が発令されるまで、毎日無聊に苦しまざるを得なかったものの如くである。

 幸い大多数の応召者は無事帰還したが、調査課勤務の岡崎確は、のちに学苑配属将校となった陸軍大佐粟飯原秀の率いる部隊に属して奮戦中、食糧補給の行李隊として本隊から離れた時敵襲に遇い、十二年九月二十五日太原付近の小塞子で戦死を遂げ(『早稲田大学新聞』昭和十三年二月九日号)、教職員最初の犠牲者となった。また専門部体操科兼学生係の陸軍少佐大橋広は従軍中十六年三月二十一日病死し(同紙 昭和十六年四月二十三日号)、政治経済学部教授で国際政治と国際法とを専門とする川原篤も、二十年一月熱帯性マラリアのため漢口の病院で死去した。川原は専門部政治経済科・政治経済学部政治学科教務主任を歴任し、更に科外講演部長、興亜人文科学研究所幹事の要職にもあった。彼はまた大正五年講道館入門以来柔道家としても活躍し、段位も六段に至ったが、段位が上るにつれ却って「柔道家的零囲気が薄くなった」と、同僚であり、中学校の後輩であった小松芳喬は追憶している(『三つのゲイヂ』二四九頁)。たまたま昭和四年幹部候補生として入隊し、六年陸軍歩兵少尉に任官していたため、十九年六月二十日東部第六部隊に召集を受け、「中支」に出征中病魔に冒されて、学苑は掛替えのない人材を失ったのである。

 商学部の会計学教授長谷川安兵衛は、陸軍嘱託として南方に赴いたが、十七年十月二十九日、任務終了帰国の途中、台湾で飛行機事故により死亡した(『早稲田大学新聞』昭和十七年十一月二十五日号)。また、漢文を講じた第二高等学院教授郭明昆は、十八年十一月二十三日台湾へ帰郷の途中、温州沖で乗船熱河丸が敵襲を受けて撃沈され、一家全員行方を絶った。郭は東洋哲学研究者として多数の優れた論文(戦後三十七年に『中国の家族制度及び言語の研究』として出版された)を残しているが、家族疎開のため行動中にこの奇禍に遭ったのである。従軍による犠牲ではないが、戦争犠牲者として併記しておく。その他教職員の戦争犠牲者として確認されている者は、稲村国次郎、加藤健児、瀬谷勇、助川啓四郎、相良克明、村上正海、野口勇、牧野愛吉、加藤金之助、須田敦夫、白井長助、小田公一の一二名である。

 校友については、『早稲田学報』は支那事変勃発直後の昭和十二年九月発行の第五一一号の雑録欄に初めて出征校友三〇名の氏名と出身学部科を掲載し、同時に木村鬼雄(昭一〇政)、荒野健常(昭一一専校商)、田中一英(明四一大商)三名の戦死を報じた。木村と荒野は華北南苑および張家口の激戦で壮烈な戦死を遂げ、陸軍特務機関員の田中は通州事件の犠牲となり、妻とともに死亡したのであり、校友としては最初の犠牲者であった。同誌は次の第五一二号(昭和十二年十月発行)にも雑録欄に校友の出征者二〇〇名の氏名を出身別に載せ、同時に北村忠夫(昭七政)ら七名の戦死を報じている。更に第五一三号(昭和十二年十一月発行)になると、雑録欄から独立させて出征校友欄を設け、また「戦線の華と散つた校友の面影」という特集を組み、その後この形式が定着した。泥沼のように果てしなく続いた戦争の惨禍が学苑にもひしひしと及んでいたことを、この誌面は如実に示したのである。なお、校友の応召者の精確な数は明らかでないが、『早稲田学報』第五一一号から、戦時の最終巻第五八一号(昭和十九年一月発行)までに掲載された校友の応召者数および戦死者数を『早稲田学報』の発行年別に示したのが第十五表である。

第十五表 校友応召者数・戦死者数(昭和12―19年)

第十六表 学生応召者数(昭和14―18年)

 他方、学生の応召者数は、昭和十四年から十八年に学苑から文部省に提出された報告書によれば、第十六表の通りである。なお、昭和十二年は、『早稲田大学新聞』掲載の「学園関係出征者」によれば、学部一〇、第一高等学院五、第二高等学院七、専門部一七、高等師範部六、専門学校九、計五四名であり、十三年については未詳である。また、十八年十二月以降は後述の通り学徒出陣となる。

 では、こうした応召による戦死者や戦病死者、あるいは無差別爆撃等による戦災死者等の戦争犠牲者は、一体どれ程の数に達するのであろうか。戦争中に『早稲田学報』に掲載された校友の戦死者数は、第十五表によると、第五八一号までで三四四名である。しかし、戦災死者や戦病死者が含まれていないことはもとより、戦死者自体についても戦争が最悪の事態を迎えた昭和十九、二十両年を欠く等、戦争の犠牲となった学苑関係者の数としては、これは明らかに過少である。そもそも太平洋戦争以前においては、戦争犠牲者は家門や地方の名誉と仰がれ、国を挙げて手厚い顕彰の対象となったが、太平洋戦争の場合、交戦中にあっては犠牲者を明確にするのは軍機の漏洩と看做されたため秘匿された例も必ずしも稀でなく、更に敗戦後は進駐軍の鼻息を窺うのみならず、「一億総懺悔」の雰囲気に支配されて、戦没者の礼讃を憚るのを余儀なくされたという事情も加わり、戦後三十年余を経てもなお、学苑のみならず他大学にあっても太平洋戦争犠牲者の実態を十分に把握していないのが実情であった。しかし、満州事変以後太平洋戦争に至る十四年間がいかに我が国の歴史に汚辱にまみれた暗い影を投じたにせよ、その結果生れた犠牲者を白眼視すべき理由は存在しない。本百年史編纂に当り、我々は学苑関係戦争犠牲者の明確な把握が吃緊事であると確信し、昭和五十四年より調査を開始したところ、校友会ならびに学苑教務部学籍課その他の機関の全面的協力を得、またご遺族ならびに校友諸氏も我々の意のあるところを十分に了解されて多くの情報を寄せられたので、創立百周年には間に合わなかったものの、昭和六十年に及んで一応取り纏めが可能となり、同年四月、五月、六月、七・八月の四回に亘り、『早稲田学報』誌上に公表し得るに至った。その経緯の詳細については、『早稲田大学史記要』第一八巻(昭和六十

第十七表 校友・在学生戦争犠牲者数

一年三月発行)に川口浩が記したところに譲るが、右にその後判明した追加や補訂を施した結果、平成四年十月末現在、上記の教職員を除く校友四、四二一名、在学生一六一名の都合四、五八二名にも上る学苑関係の戦争犠牲者の存在が確認された。その氏名、卒業年月、在籍学部・科、死亡事由、死没地は本章第三節に後掲するが、ここでは先ずこれを纏めた第十七表をご覧いただきたい。

 同表によれば、校友の戦争犠牲者が最も多い卒業年月は、繰上げ卒業が開始した昭和十六年から十八年にかけてである。すなわち十六年十二月・十七年九月・十八年九月卒業の犠牲者が最も多く、合計すれば一、五七〇名で、先の校友・在学生四、五八二名の三四パーセントを占めている。これに、同じく繰上げ卒業となった十九年から二十一年までの卒業生の犠牲者三〇〇名、および十六年四月以降の在学中に戦争の犠牲となった一五〇名を加えれば、大学生活を十分に謳歌することなく、学業半ばにしていわば強制的に卒業、あるいは在学のまま学徒出陣により出征させられるなどして戦争のため生命を奪われた学苑関係者は二、〇二〇名、実に全体の半数近くの四四パーセントとなる。なお、十九年以降、犠牲者数は在学生を含めても激減しているが、これは在学生の犠牲者調査がなお不十分なこと、この時期に学徒出陣等で卒業者数が減少していたこと等がその理由として考えられる。また、終戦後の二十一年卒業者の中に犠牲者がいるのは、本章第三節で述べる戦時下の学籍の変則的処理に基づく。

 さて、在学のまま出征した者の中で最初に戦死したのは、文学部英文学専攻二年の小森忠夫であった。小森は「北支」作戦に従軍し奮戦したが、十二年十月二日山西省朔県において伝令任務遂行中、敵弾に斃れたのである(『早稲田大学新聞』昭和十二年十二月八日号)。その後在学生として出征する者が跡を絶たなかったが、十八年に至り学徒出陣が行われ、大量の学生が戦場に投入されることになった。すなわち第七編一〇三五頁以降に説述した如く、十月二日に「在学徴集延期臨時特例」が公布、全学生の徴兵猶予停止が決定されたため、我が学苑の適齢学生・生徒に対しても一斉に徴兵検査が実施されたからである。

第十八表 臨時徴兵検査判定結果(昭和18年11月30日現在)

十九年一月十日付で学苑が文部省に提出した報告書によれば、第十八表に示す如く、不合格者二〇八名と、十八年十一月十三日公布「修学継続ノ為ノ入営延期等ニ関スル件」(陸軍省令第五十四号および陸軍省告示第五十四号)による理工系学生の入営延期措置に該当した一、〇九六名とを除く、五、一二四名が入営もしくは応召したのである(ただし第一高等学院、高等工学校、工手学校については未詳)。また、この他に、朝鮮および台湾出身学生で陸軍特別志願兵(六五一―六五四頁参照)として出征した者が約二〇〇名あった。更に、同年十二月二十四日には「徴兵適齢臨時特例」(勅令第九百三十九号)が公布・施行されて徴兵適齢が十九歳に引き下げられ、十八年の学徒出陣の時よりも、在学のまま出征しなければならない学生の範囲が拡がり、十九年から二十年にかけて学徒の出陣が相次いだけれども、その数は明らかでない。

 無差別爆撃により国内で生命を失った教職員、校友、学徒の総数は、戦後、文部省学校教育局長宛に二十年十月二十五日付回報した学苑の教職員・学生の死亡、負傷者、罹災家屋数を示した第十九表によれば、七七名である。この数字の信頼度は不明であるが、当編集所の調査で五七名の氏名が判明している。その中には、理工学研究所の研究補助員として執務中空襲を受け、付近の住民とともに防空壕で焼死した者もあり、民間防空の補助員として徴用され、消防署勤務中に殉職した者もあった。

第十九表 教職員・学生の戦時死亡者数・負傷者数・罹災家屋数(昭和20年10月)

 学徒消防隊員の動員計画は、理工学部と専門部工科との一年生を対象とし、期間は三ヵ月であったが、当時電気工学科一年生であった剣持栄一の回顧によれば、各学科の学生委員が集まってこれを受諾するか否かを協議した結果、

三日に一度の夜間のみの宿泊勤務であり、火災の発生さえ管内になければ、当時としては切実な問題であった食事の心配も要らないし、しかも夜、押し入れの中で読書するというような事をしなくても、遠慮なくゆっくり専門書も読めるという、まずまず恵まれた環境ではないか――少なくとも、今まで話のある軍需工場での例えば鋳物の砂落しとか、心金拾いのような単純肉体労働に比べれば――という妥協案が大勢を占めた。

(「知られることなく埋れてゆく一つの記録――学徒消防隊」『電線時報』昭和五十四年十二月発行 第三二巻第一二号 一九―二〇頁)

と、この計画への参加を決議した。これにより知り得られる如く、学徒消防隊は三日に一度泊り込みで動員され、あとの二日を授業に充てた。その結成式が二十年三月五日大隈講堂で行われ、即刻城東、本所、深川等の各消防署へ配置された。そこで彼らは、あらゆる物資が欠乏していた状況とはいえ、「服装は教練服にゲートル、鉄かぶとに防空頭巾、消防士全員にすら渡らなかった刺子や消防士の服装は、学生には当然支給されるはずもなかった」中で、「肝心の水管の筒先は消防士が握ったし、訓練も、経験も、知識もない学生の仕事は自ら補助業務とならざるを得な」かったのである。具体的に言えば彼らの仕事は「水管の延長や水管つなぎ、曲り直し、果ては長時間連続消火放水する消防車の不足する燃料を、本署又は分署から運搬する事」であり、時を経るにつれて教練服には燃料が染み込むので、彼らは内心「肩にかついで運ぶ燃料にも、服にも、もし火がついたらそれでおしまいと思いながら」(同誌 同号 二〇―二一頁)与えられた勤務に励んでいたのである。そうこうしているうちに、「焦熱地獄! 運命の夜間空襲」「東京空襲のうち最大の惨状を呈する運命の一夜とな」り、罹災者約百万人、死者八万三千六百名に及んだ(雄鶏社編『ドキュメント東京大空襲』八八頁)三月十日未明の大空襲で、七名(電気工学科五名、機械工学科二名)の学苑生が火焰の犠牲となった。苛烈な戦況下にあったため、これらの犠牲者を正式に葬る機会がなかなか得られず、二ヵ月経た五月十日になって漸く学生の提案により大隈講堂で理工学部葬を営み、英霊を弔うことができたのであった。

 さて日中戦争開戦以来、教職員の応召者、あるいは学生父兄および学生自身の応召者が続出したので、学苑ではそれらの人々に対する取扱いを決めなければならなかった。

 先ず、応召教職員に対する取扱いについては、第七編八一八頁に既述の如く、理事会は昭和十二年九月九日に一旦決定した内規を同十六日に一部改訂した。また、同年十月二十八日に決定の戦病死者に対する弔慰金内規も十二月六日に改訂したが、その後この種の内規の決定なり、改訂なりの記録がないので、恐らくそのまま終戦まで実施されたのであろう。

 戦争末期に勤労動員が常態化し、しかも本土空襲が激烈さを加えると、派遣責任教職員にも生命の危険が迫った。そこで学苑はその対応策を考え、二十年二月八日の理事会において当該教職員に対する戦時生命保険につき協議し、五月十日の理事会で「学徒勤労先へ屢々派遣セラルル教職員ニ対シ戦争死亡傷害保険金五千円ヲ附スルコト」を議決した。また空襲罹災者に対する弔慰金・見舞金の内規も次の通り二十年三月八日の理事会で決定している。

空襲罹災者弔慰金・見舞金内規

教員(専任)又ハ職員(満一年以上勤続者)ニシテ空襲ノ為災害ヲ蒙リタル者アルトキハ左記金額ノ範囲内ニ於テ弔慰金又ハ見舞金ヲ支給ス

一、死亡者弔慰金 本人 五百円 配偶者、直系家族(尊族一名ニ付)百円

二、重傷者見舞金 本人 二百円

三、住宅焼失見舞金 自己所有家屋 五百円 借家 三百円 間借 二百円

四、住宅崩壊見舞金 自己所有家屋 三百円 借家 二百円 間借 百円

(備考) 住宅焼失又ハ崩壊ニ至ラザルモ著シキ損害ヲ蒙リタルトキハ其ノ程度ニ応ジ上記金額ノ範囲内ニ於テ見舞金ヲ支給ス

 他方、学生に対する取扱いについては、これまた第七編八一八頁に既述の如く、昭和十二年九月九日の理事会は、学生、生徒の応召者は休学扱いとすることを決めた。次いで十三年九月十二日の理事会は、在学生の戦死者に対し、校友に準じて記念品(忠霊塔の模型)を贈ることとした。

 なお勤労動員中に死亡した学徒には、学部学生二千百円、専門部学生千八百円の死亡弔慰金が遺族に、また負傷者にはそれぞれ七百円と六百円が障害見舞金として財団法人勤労学徒援護会から贈られた。戦後、厚生省は勤労動員中の死亡者を「戦死軍属」の扱いとし、遺族に年金を支払っている。

二 戦場の華と散った校友の中から

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 『早稲田学報』が十九年一月まで発行されていた間は、戦病死した校友の氏名と略歴と内地に送った最後の手紙を「戦線の華と散つた校友の面影」という特集に組み、また校友の「戦地便り」も数通ずつ掲載していた。戦後刊行された日本戦没学生記念会(わだつみ会)編『戦没学生の遺書にみる15年戦争――開戦・日中戦争・太平洋戦争・敗戦――』や白鷗遺族会編『雲ながるる果てに』等にも、校友や学苑生の書簡や手記が載せられている。以下に、それらの一部を掲載して、戦死した校友を偲ぶ縁としよう。なお、氏名の下の括弧内に入学年が記してある者は、在学のままの犠牲者である。また、階級の下の括弧内は戦没後に昇進した階級である。ただし、括弧が付けられていないものは、戦没時、戦没後のいずれか定かではない。

 太田政明(昭五専政)、陸軍歩兵大尉。十三年四月二十七日北支で戦死。三十五歳。

四月一日英治は入学したらう、入学後の心配はよく子供の躾に注意することです。身体を健康にする事です。

一、学校はたのしいところだと思はせる様にする事です。……

二、自分の欠点(親の学校時代の短所)として数学を面倒がつたが、一年生の頃より実際教育をしたならば非常に将来それが基礎になる事を忘れない様にして指導することです。……

三、毎日十分なり十五分なり学校から帰つて来たら一寸休ませてかならず机に向はせる事を習慣づける様にしなさい。……

四、学校が引けたら真直ぐに帰宅する習慣は絶対実行させる様にしなさい。……

五、物を粗末にしない様に習慣付けること。……

六、意志を強固にする訓練をすること。……

七、早起き早寝をさせる事。……

八、朝子供が玄関を出る時にはかならず送り出して先生の云ふことをよく聞くことと気を付けて行く事を母親の日課にしなければなりません。……

九、絵本をよく選んで昔語りをしてやりなさい。……

十、おもしろく勉強させる事を訓練することが必要です。……

〔中略〕

自分のところだけでも戦死者も重軽傷も相当あるので自分も上 天皇陛下には勿論父兄方に対しても真に相済まぬ事と思つて居るのです。妻子のあるものが多いので気の毒でなりません。而れ共皆御奉公の誠を尽して元気よく戦ふので本当にたのもしい感が致します。四月十六日。〔妻テイ子宛〕 (『早稲田学報』昭和十三年八月発行 第五二二号 二九―三〇頁)

 朝倉昇(昭一一法)、陸軍歩兵上等兵。十三年十月七日中支で戦死。二十六歳。

然し斯ふした、剣電弾雨の間に在つて想ふことは家庭の事共です。未練ではありません。父の顔、母の面影、兄妹の幻、みんな瞼一杯に浮んで便りを見る度毎に泪ぐみます。家に帰つたやうな心持、之を故国からの便りから僅かに汲みとつて秘かに自ら慰めるのです。……機会がありましたら又お便りします。父母にもかいつまンで戦ひの話をお伝へ下さい。

九月二十三日記

兄上様 昇拝

(同誌 昭和十四年三月発行 第五二九号 三六頁)

 佐伯喜三郎(昭八商)、陸軍歩兵大尉。十四年八月一日北支で戦死。三十歳。

万が一命があつて帰れましたら又何処かへ御案内申上げます。どうぞ気長くお待下さい。東京に来られた当時を思ひ出し一人でほほえんでゐます。箱根に行く途中の自動車の中、旅館での「おけさ踊」、全く面白かつたですね。それから一寸話は変りますが、別に只今は何一つ不自由な物はありませんから、何卒御心配なさらない様に願ひます。目下○○の病院に私等と一緒に働いて呉れた兵隊さんが沢山ゐますから、お暇の節何か慰問品でもさげて見舞つてやつて下さい。〔母宛〕

(同誌 昭和十五年七月発行 第五四五号 四一頁)

佐伯は母校野球部主将として神宮球場に妙技を見せた名内野手。十四年四月功四級勲六等旭日章を授与されている。

 吉岡大一郎(大一五高師)、陸軍歩兵中尉。十四年九月二十四日中支で戦死。三十七歳。

行一も幼稚園がそろそろ始まつてゐよう。子供たちの様子を読むことがどんな本をよむよりも、なによりもたのしい。……このあたりの叢には夜になると、すずむし、くつわ虫、内地にゐるとおんなじ虫の声で賑やかである。その中また書く。皆様によろしく。(九月十一日) (同誌 昭和十六年六月発行 第五五六号 二八―二九頁)

 松井栄造(昭一六商)、陸軍歩兵少尉。十八年五月二十八日湖北省で戦死。二十四歳。

弾はバッティングと同じで、なかなかあたらないものです。この弾だけは、あたってもらっては困りますが……。中支に警備する者のなげき(?)は、今や軍の重点が南方方面に指向されて暗い重苦しい第一線警備たる中支に対しての国民の眼は冷淡と言っても過言ではあるまい。事実蔣さんの正規軍、遊撃隊(パルチザン)、新四軍(中国共産党の軍隊)、土匪など数多いそして命知らずのン十人に取りかこまれての警備。万年ベンチマンの縁の下の力持にも似て華々しくこそなけれ全く苦労この上もないものです。田舎のシナ家屋にワラを敷いてあり合わせの机に向かいローソクの火でもってこれをしたためている松井栄造の姿をご想像ください。何よりも暗い感じというものが人の心を荒れさせてしまいます。一度お便り願います。ではまた。松井見習士官〔穂積純太郎宛葉書〕 (『戦没学生の遺書にみる15年戦争』 七一頁)

松井は野球部の名選手で内・外野手として活躍し、その華麗な打撃フォームは多くのファンを魅了した。

 十八年十月十六日に挙行された早慶壮行野球試合の模様は第三巻一〇九一―一〇九四頁に記したが、敗戦から二ヵ月後の十月二十八日、オール早慶戦が超満員の神宮球場で行われた。二年前「海ゆかば」を歌って学徒出陣した選手のうち復員した者が連絡を受け、急遽ユニフォームを着て神宮球場に駆せ参じたのである。しかし、二度とグラウンドに立てなかった選手が五人いた。早慶壮行野球試合で遊撃を守った永谷利幸と控え投手の桜内一は中支戦線で戦死。のちに主将となった中堅手の吉江一行は、学徒出陣で海軍に入隊、無事復員したものの肋膜炎を患い、実家で療養中十月三日死亡。控え補手の壺井重治は二十年五月四日鹿児島県の万世基地から出撃、沖縄海上でアメリカ軍機動部隊に体当りして玉砕した。左翼手の近藤清も特攻機もろとも沖縄の空に散った。読売新聞大阪本社社会部編『新聞記者が語りつぐ戦争9 戦没野球人』は、「十八年十月十六日、戸塚球場で早大のベンチにいた五人にとっては、文字通り最後の早慶戦だったのである」と記している(二七四頁)。

 野球部以外の運動部関係者の中にも犠牲者は多い。スケート部には、昭和十四年から十七年まで四年連続で日本学生氷上選手権のスピードスケート五〇〇メートルを制し、また自転車五〇〇メートルの日本記録保持者でもあった山下勝久がいる。山下は、十八年学徒動員令が下ると海軍予備学生を志願し、その後戦闘機零戦を操縦して数多くの空戦に参加したのであるが、二十年五月に沖縄上空で敵グラマン数十機の包囲攻撃を受けて散華した。同部OBの南洞邦夫(昭一五商)は、後年、「もし、戦争がなく、平和の裡に昭和十五年と十九年のオリンピックが開催され、また何回かの世界選手権大会参加のチャンスが彼にあったなら、山下選手が世界スピードスケート界における一つの輝ける星となったであろうことを、彼を知るすべての人が疑わないであろう」と述べている(『日本学生氷上競技選手権大会50回史』三一頁)。また、競走部は十七年度には日本選手権・日本学生・関東学生の一一〇メートルと四〇〇メートルの両ハードルに優勝という偉業を達成した野田佳穂他二三名(教職員を除く――以下同様)、ラグビー蹴球部は実弟神山圭介の小説『鴾色の武勲詩』の主人公のモデルとなった金子照男他二三名、庭球部は戦前最後の十七年の全日本大会単で優勝した鷲見保他一二名、水泳部はオリンピック・ベルリン大会背泳一〇〇メートルで五位に入賞した吉田喜一他四名、卓球部には昭和十一年から十五年までの全日本学生単制覇、十三、十四両年の全日本の単複優勝等数々の輝かしい戦績を残し、「球聖」と言われながら応召中の病気がもとで戦後病没した今孝(結婚後山本姓)他五名、端艇部はオリンピック・ロサンゼルス大会、ベルリン大会にそれぞれ出場した斎藤盈夫、満留勉他一名がいる。その他剣道部一一名、排球部一〇名、籠球部、ヨット部各六名、ア式蹴球部五名、スキー部二名、応援部、航空研究会、自動車部各一名が、これまで犠牲者として確認されている。

 長門良知(昭一七法)、陸軍少尉(のち中尉)。十九年十月二十六日、バシー海峡にて敵艦襲撃を受け戦死。二十六歳。

家では、指を折つつ私が最後の音信を出した日からの私の行く方を案じて居よう。それなのに、便りをしようともせずに門司でかれこれ二週間の日を生きていた私には、私なりの理由もあるのだ。こうやって沈黙を守りつづけるのは、もう家に言うべきことは言ってしまって、ただ脈々と家と私との間に激しく血の流れを感じ、人間の真心の所在を確かめ、がっきと胸に不抜の恃むべきものを悟り、静謐に歓喜を湛えているからである。それは破れようと思えぬ安心の世界である。それを今更何を好んで、言い足すことがあろうか。ここに静かに胸の中で、ちろちろと歓喜と安心が燃えている。〔十九年九月三十日日記〕

(長門良知『遺稿 魔の海峡に消ゆ』 二二六頁)

小学生の頃から絵画をよくし、学苑入学後は早稲田絵画会を率いた長門は、十七年十月に入営すると、妹に大切な油絵の道具を譲り渡した。しかし、妹は兄が少尉任官後「かきたい」と言ったので、この油絵の道具をまた兄に送ったという。長門は十九年十月、門司より南方に向けて乗船中、魔の海峡と呼ばれたバシー海峡で敵艦の襲撃を受けて戦死したが、「兄は絵具をもって沈みました」と妹はその手記に記している(同書二四九頁)。彼はまた並はずれた読書家で、軍務の中でも精力的に読書を続ける一方、兵隊に万葉集の防人が故郷を偲ぶ歌を講じて、「故郷を偲び、妻を思う心は決して女々しい心ではない」と励ましてもいる(同書 二四六頁)。

 伊東基之(昭一八法入学)。十九年十一月十三日、マレー第一野戦病院において死亡。二十二歳。

愈々故山を離れる秋が来たり、古人の秋風にさそわれて旅路につく感とは全く反対の感にうたる。今は何も思い残す事なく竜虎相打つ南の国に浪路をすすめる事が出来る。

今に故山は浪の彼方に姿を没し吾を浪は何処にか運び去るであろう。そして自分は心の奥深く故国の山河を灼きつけるかの如く甲板に佇ずむ事であろう、蓋し吾れ何の未練があろう。

母上様も自分が何も残す事なく濶然と開けた心を以て征途につかれた故御安心下さい。

博多の小母さんには種々と御厄介になり御礼の言葉は策にはこべません故呉々も厚く御礼を申して下さい。

只皆々様の御健康を南溟の空より御祈り致します。

吾れ葉隠精神に徹し悠久の大義に生きん。

吾れ言辞を弄するに非らず吾が自然の心の源泉より湧出するものなり。

大学の諸先生並びに学友御近所の人によろしく。

母上様 伊東基之

(小田切秀雄・窪木安久編『日本戦没学生の遺書』 一二八―一二九頁)

 前田恭平(昭一八・一院入学)。十九年十二月十九日、中支安徽省鳳陽県蚌埠において爆死。二十歳。

度々便りをいただきましたが返事も出さず永々と失礼しました。昨日(三十日)習志野の野営より帰りました。相当疲れましたので本日ペンを取った次第です。

例の文、法、経系学校停止徴集延期の廃止〔「在学徴集延期臨時特例」〕の件、前々より十月か三月にあると聞いていましたが、これが今回実現されたわけです。遅かれ早かれ断行される事になっていましたので別に驚きませんでした。学生は割に平静です。細目が未だ発表されませんので、何んとも云えませんが、私は一軍人として出るつもりです。……今回これが発表になって、理科系に転校する様なら始めから理科系の学校に行ってます。自分はそんなことは出来ません。……

今や「三十迄に死ね」とか、最近では「二十五迄に死ね」とか言われていますが、何も兵隊に出たからとて必ず死ぬとも限ったものでもありません。兵隊から帰って勉強した方が落ち付き人間も出来て来るでしょう。〔十八年十月一日付父宛書簡〕

(同書 三〇〇―三〇二頁)

 太田幸男(昭一八・一院入学)。二十年一月十七日、ルソン島(フィリピン)において戦死。二十一歳。

其後皆様お変わりありませんか。幸男も元気で軍務に精励していますから御安心下さい。

大分季節も春らしくなって来ました。東京の方は如何ですか、進兄さんも会社に通っていますか、軍需会社で大変忙しい様ですね。京子さんも元気で学校に通っていますか。学用品は揃いましたか。兄さんの室を貸してあげるから一生懸命勉強しなくてはいけませんよ。お母さん呉々もお体を大切に。さようなら。〔十九年三月十三日付家郷宛書簡〕 (同書 二一九頁)

 宇田川達(昭一七法)、陸軍中尉。二十年一月二十五日、鹿児島坊津岬付近海上にて戦死。二十四歳。

昭和十七年九月二十七日

一人の男があった。彼は天を恨みつづけている。天を指し、大地を蹴って彼は叫んでいる。彼は、彼の知らぬ理由によって苦しみを与えられたのだ。彼は彼の生命が天の命令一つでただちに消えてしまうことも十分に知っている。それでも彼は天を恨みつづけた。

彼の小さな生命をかけて……

絶対に勝てぬことを知りながらも……

私は彼をかわいそうだと思った。

秋風がそっと吹いて行く。

黄色い葉が音もなく散って行った。

彼の生命が無くなるのをあわれむように、

秋の日は西に沈んで行き、あたりはうす暗い闇がヒタヒタと寄って来た。

遠くで鐘が鳴っている。 (日本戦没学生記念会編『第二集 きけわだつみのこえ』 三四四―三四五頁)

宇田川は卒業翌月の十七年十月に入隊しているが、右はその直前に詠じた詩である。

 秋田曠(昭一九専政)、海軍第一期飛行科予備生徒。二十年二月二十八日、比島にて戦死。二十一歳。

十八年十月十六日 蝶ケ岳の眺望を「雲表を行く」で見て、ぶらぶりと登りたくなり、広谷君と相談して出発したのは十五日の晩。新宿からである。

一日市場から登る。鍋冠を通って大滝へ行く道は良い道だ。楽しく登る。……

大滝小舎――自炊、燃料集めを予想していたわれわれには驚異に値いする立派な小舎だ。ヒュッテと名付けた方が良い。しかも番人がいようとは――。夕食は楽しい。広谷君が煙草を上げたら小屋の人が猛烈に喜んでいたっけ。……

十月十八日 神河内に下山。徳沢付近で詩集など手にした娘さんの散歩姿を見る。成る程、神河内とはこういうところかとうなずく。清水屋泊。御馳走あり。温泉は良し。沢渡まで歩きと決定。穂高よ、さらば。焼よ、さらば。戦い済める暁には必ずまた登るぞ。ベルクハイル! ベルクハイル!

(海軍第一期飛行専修予備生徒会出版委員会編『貴様と俺 そして 遠い空』 三二―三三頁)

山をこよなく愛した秋田は、戦時色が極度に強まり制約の多い学生生活の中でも、しばしば登山を行った。右は、彼の残した登山日記のうち、蝶ケ岳登山に関する一節である。

 山下昇(昭一八専校政)、海軍少尉。二十年一月五日、硫黄島にて敵機と交戦中戦死。二十三歳。

初江〔妹〕殿 清夫〔弟〕殿 新年御目出度う。清夫も愈々上級学校へ行くのであるからしっかり勉強する様に。勉強にもうこれで良いという事はない。一生、勉強、勉強、まだまだ足りないと毎日思い返して勉強する事。決して人に負けない様頑張れ。生涯努力の生活を送るよう希望して止まない。二人とも御互いに励まし合い助け合って仲良く生涯を生きられん事を祈る。兄は恐らく再び元気な姿を御前達の前に現す事もないと思う。孤島で過す七カ月は実に長い。こんな長い月日が何時まで続くか予測の限りではないが、案外早く終る日が来るかも知れぬ。皆、元気で仲良く、次代を背負う若者達の前途には輝かしい栄光の未来が待ち構えている。 (多田実『海軍学徒兵、硫黄島に死す』 一三二―一三三頁)

 降旗武明(昭一九政入学)、海軍第一期飛行科予備生徒。二十年三月一日、パラワン島(フィリピン)にて戦死。二十一歳。

先日便りを戴き、多忙のため失礼をしていた。元気が無い様子だが、その後如何ですか。俺は南の夏を一度味わって、今はただ本当に元気一杯、本分に邁進している。

故郷の母からの便りに、この頃は泣かされる。一人の苦労性な母を俺達はどうしたら慰められるか。道は一つ、一途に職務に精勤するだけであろう。

いよいよ緊張を要する毎日が訪れている。常に身体には注意して、サイパンの婦女子に恥かしくない女子学徒としての精一杯の努力を望む。写真を一葉送ります。奉仕の余暇に○○の兄と今の俺とを考えながら、焼け切った顔をみてくれ。では返事不要。〔十九年八月二十三日付妹宛葉書〕 (同書 三一一頁)

 宮下宗夫(昭一七政入学)、陸軍少尉。二十年四月九日、山東半島東方海上にて戦死。二十二歳。

大君のみこと仰がぬ国民の罪かさなりて今に至るか

なりゆきにまかせ行かむと公言する教師の多き我が母校はも

意志もなく盲者の如く過しこし学舎を如何によみがへらせむ

如何にせむ力もあらずすべもなく神のみまへにただ祈るなり

高き名をあげよと文に寄せ給ふ父の切なる御心悲し

たらちねの我が身をおぼす御心は身ぬちさくとも我忘れめや

さはあれど功なり名をとげよとたらちねの我が身をおぼす夢やめ給へ

まことなる悲しき願ひまことなる父子の間になど通ぜざる〔昭和十七年〕

(社団法人国民文化研究会編『続いのち ささげて――戦中学徒・遺詠遺文抄――』 一六二―一六三頁)

 粟村敏夫(昭一九専政)、海軍少尉候補生。二十年四月十六日、南西諸島にて戦死(特攻)。二十二歳。

明日出撃します。……お父さんお母さん御心配をかけどおしで、亦先立たんとします。お許しください。……兄上、姉上、私に代り孝行お願ひします。姉さん、兄も何時征くか分りません。呉々も父母と妹をお願ひします。

(真継不二夫編『海軍特別攻撃隊の遺書・かえらざる青春』 一八〇―一八一頁)

 市島保男(第三巻一一〇一―一一〇二頁参照)、海軍少尉。二十年四月二十九日、沖縄東南海上にて戦死(特攻)。二十三歳。

〔十八年〕十一月二十一日 三年前と、ほとんど変っていない。大きな叡知に充ちた瞳が、可愛い西洋人形を思わせる。視線が会うといたずらそうな眼をする。思い出は次から次へと起きて来、楽しき回想が車輪の脳裏をかけめぐる。……ごう然と構内へ入ってくる電車の音が、すべての思い出を絶ち切るように頭にジンと響いてくる。「さようなら」と互いに口走り、後も見ずM君と電車に乗った。走り出す電車の窓から、彼女と先生の姿が階段から消えて行くのが見えた。ああ、視界から彼女の姿は消え去った。現世において相見ることは恐らくないであろう。私は静かに眼を閉じ、彼女の姿を瞼の蔭に浮べた。彼女はかすかに笑う。さらば愛する人よ。これが人生の姿なのだ。会えば別れねばならぬ。夢! 虹の如く美しく過ぎる愛の記録だ。しかし、すべてを去り、己を捨て祖国に捧げよ。煩悩を絶ち心静かに征くべきである。〔日記〕

(海軍飛行予備学生第十四期会編『あゝ同期の桜 かえらざる青春の手記』 一四―一七頁)

 林正俊(昭一八・二院入学)、海軍第一飛行専修予備生徒。二十年五月四日、南西諸島にて戦死(特攻)。二十一歳。

兄様 私は一足さきに大きな仕事をして美しく散ります。神州の不滅を信じて。

輝坊、貴様も熱血児だったが、自分の体にはよく気をつけて遠くの空を睨んで見よ。兄はお前の先導者となるだろう。両親への孝養は頼む。

澄ちゃん、兄として一度も優しい言葉をかけられなかったのは残念ですが、お国のためですからお許し下さい。

東京のれつ子叔母様に澄ちゃん宛の人形を貰いなさい。兄のただ一つの贈り物です。

千恵子様、姉様にもいろいろと私の楽しい思い出が残っています。

人生二十三年にして散る。今の時世では長命でしたね。

皆様のご健康を祈ります。 (『貴様と俺 そして 遠い空』 三〇六―三〇七頁)

 横山輝衛(昭一八政)。二十年五月六日、南西諸島にて戦死。二十四歳。

写真をありがとうございました。実物よりだいぶよく撮れていますね。宏〔弟〕も十二月入隊するとなるとまったくいい記念でしたね。

親子四人そろうことはおそらくもうないでしょう。しかしいよいよ御恩返しの時がきました。おそらく宏も同じ気持ちだろうと思います。兄弟揃って海陸に、父上の御意志を継ぐのはこのうえもない喜びであります。

私もいよいよ本格的訓練に入り、まったくぼやぼやしてたら煙草もすえません。この土曜日には分隊対抗の棒倒しがあります。

絶対勝ちます。

おじいさんいかがですか。よろしく。 (『雲ながるる果てに』 一九八頁)

 京谷英治(昭一七・一院入学)、陸軍少尉(大尉)。二十年五月十一日、沖縄本島喜手納海上で戦死(特攻)。二十三歳。

出撃の前になって、いろいろ目に余ることをしたのは、全く修養のたらざる結果でした。死を直前にひかへて、冷静に万端の準備をととのへることは、実にむづかしい修養です。何となくうわついた行動をとってきたのは、くれぐれも残念でした。自分としては、もっと静かに準備したかった気もします。……池田隊長が今朝、既に出撃されたと聞いた時には、全く力が抜けてしまひ、その晩残った者と酒を飲んだが、涙が出て、泣けて仕方がありませんでした。少しめめしいですが、自分の心境としては、頼みとする隊長が既になく全く何かにすがりつきたい気がします。……機上で雑念がおこりはしないか、敵を発見して、果して悠々たる心境になり得るか。気になるのはこれです。自分が死んだあとのことを、考へたくはありません。隊長殿がにっこり笑って、あの世で待ってをられるやうな気がしてなりません。

(高木俊朗『遺族――戦歿学徒兵の日記をめぐって――』 九一―九二頁)

京谷は、第一高等学院入学の翌十八年十二月、学徒出陣により休学扱いで入隊後、少尉に任官して知覧の飛行場に配属され、その短い生涯の最大の情熱を、馬力が少いために誰も乗りたがらないのを、大事に手入れをして確信を以て乗り続けてきた愛機「飛燕」に捧げた(同書 五〇頁)。学苑出身の作家で、報道班員として知覧で特攻隊員の京谷に接した高木俊朗(昭八政)は、「こんなに、飛行機のそばにくっついていた操縦者を、私は知らない。それほど彼は飛行機を愛し、夢中になっていた。飛行機のために、若い情熱を傾けていた。だから、ひまさえあれば飛行機を点検し、整備を手つだっていた。……彼の『飛燕』の胴体には、京谷少尉の文字が大きく書きつけてあった。あたかも、その飛行機の名が、京谷少尉であるかのように見えた。軍用機は、勝手に文字を記入することはできなかった。京谷少尉の場合は、特攻機ということで、上官も黙認したと思われた。しかし、氏名を大書したのは、京谷少尉の飛行機に対する愛情が、そうしないではいられなかったのだ」と記している(「ふたりの特攻隊員」『早稲田学報』昭和四十三年七月発行 第七八三号 三八―三九頁)。二十年五月十一日、出撃直前の慌ただしさの中で、京谷は「はにかんだような顔」をしながら、その命を共にする愛機と一つ写真に収めてくれるよう高木に頼んだ(同誌 同号 四一頁)。京谷が見ることのできなかったこの写真は、口絵写真第八集19として本巻に収録してある。

 小川清(昭一七政入学)、海軍少尉。二十年五月十一日、南西諸島にて戦死(特攻)。二十四歳。

お父さんお母さん。清も立派な特別攻撃隊員として出撃する事になりました。思えば二十有余年の間、父母のお手の中に育った事を考えると、感謝の念で一杯です。全く自分程幸福な生活をすごした者は外に無いと信じ、この御恩を君と父に返す覚悟です。この戦争の中に少しでも自分がお役に立てるかと思うと、ほんとに幸福感に打たれると共に、使命の重大さに驚うかざるを得ません。……父母様もこの私の為に喜んで下さい。殊に母上様には御健康に注意なされお暮し下さる様、なお又、皆々様の御繁栄を祈ります。後の事は兄上様達に頼みました。清は靖国神社に居ると共に、何時も何時も父母様の周囲で幸福を祈りつつ暮しております。清は微笑んで征きます。出撃の日も、そして永遠に。

(北川衛編『あゝ特別攻撃隊』 一五六―一五七頁)

 木戸六郎(昭一九政入学)。二十年五月、戦病死。二十二歳。

九月の末近い日、学生の徴兵猶予停止が発表された。待ち望み、覚悟していたことではあったが、新たな、しかも激烈な感動の嵐が吹きまくった。日本の学生にとって、真の覚醒であり、国難を双肩に感じさせるものであった。

あわただしい日々の中、私の周囲から、つぎつぎに殉国の道へ急ぎ去って行った。私たちは何度、あの「都の西北」を歌ったことであろう。歌うごとに、そのリズムに新たな感慨が織り込まれてゆくのであった。……嵐のごとき感激の日は過ぎ、熱風のごとき興奮の日は過ぎた。静かな朝が訪れた。民族の期待と感激をその肩にになって、学徒たちは出陣して征った。多くの人の去った学園を吹く寒々しい風、それは私の心にしみ込んできた。〔十八年日記〕

(『第二集 きけわだつみのこえ』 二三九―二四〇頁)

 水知創一(昭一七政入学)、海軍少尉(大尉)。二十年六月二十七日、回天特別攻撃隊潜水艦に乗り込み出撃、サイパン東方海上にて敵艦を攻撃、戦死。二十一歳。

母上様、横浜で途中空襲警報が発令され、一度下車しましたが、何らの被害もなく、無事帰隊しましたからご安心下さい。今度は短かい休暇でしたが、皆様のお元気なお顔を見て、ほんとに安心しました。

車中で、母上から戴いたものを拝見しました。私のような不孝者をあんなにまで想って下さり、ほんとに有難うございます。私こそ身はたとえくちるとも、永遠に母上をお守りします。私に万一のことがありましても、決して髪など切らず、笑っていて下さい。昭子〔妹〕はじめ弟妹が、可哀想です。まだまだ慎二〔弟〕もいることだし、もっともっと気を強くもって、呑気にお暮し下さい。昭子もそろそろお婿さんでも貰って、早く落付かせた方がよいと思います。私の母上へのお願いは朗らかに、呑気に暮して戴きたいことです。 (鳥巣健之助『人間魚雷 回天と若人たち』 二三五頁)

予備学生となって海軍に入隊し、回天特攻隊に志願した水知は、潜水艦伊一六五に搭乗して二十年六月十五日、光基地から出撃した。出撃前、この回天の搭乗員水知は両親や弟妹の住む東京へ帰省したが、右はこの帰省直後に彼が母に書き送った決別の書簡である。

 柳沢信夫(昭一七文入学)。二十年八月二十一日、原隊帰還飛行中に香川県にて殉職。二十三歳。

昭和二十年四月二十日 ……エノケンのチャッキリ金太を観る。かくの如きものの横行せる時代が、つい最近なりしことを思えば、いつものことなれど、ふと奇異の感に打たれる。ああいったものを楽しみし人々と、同じ人々が戦災に泣き、空爆と戦えるなり。また特攻隊として飛び込む人も、これらより出づるなり。

現在の如き凄惨なるも真摯なる状態、あの頃の如く平和なるも浅薄にして馬鹿々々しき状態。いずれが人間社会の真実の姿なりや、大いなる疑問を感ず。

やはり平和なるこそ、本然の状態ならん。ただし、美しき平和こそ、吾々の欲すものなり。再び吾々の同胞が、頰を和らげて明るく生活し得る日が来るまで、あくまで戦わん。〔鹿島航空隊にて日記〕

(『あゝ同期の桜 かえらざる青春の手記』 一八三―一八四頁)

 得能利量(昭一七・一院入学)。終戦により原隊復帰ののち江蘇省において脚気と慢性腸炎を併発し、二十年十月三十日、同省鳳陽県蚌埠第一九〇兵站病院で死去。二十三歳。

御無沙汰致し何とも申し訳ありません。皆様に心配をお掛けしておる事と思いますが自分は至極元気でおりますから何卒御放心下さい。近頃最も楽しいものの一つである内地からの便りを受け取らず、毎日待っております。内地には便箋が不自由かとも思いますが、入隊当初お姉様よりいただいた様な詳細な手紙は格別嬉しいものです。御暇の時には是非お願いします。

内地は空襲空襲にて第一線と化した事と思います、皆様全く御苦労様であります。此方は今内地の様な暑い気候で汗びっしょりになります。未だ未だ暑くなるそうであります。

御両親様の写真を送って下さい。さようなら。〔家郷宛書簡〕 (『日本戦没学生の遺書』 二五一頁)

三 戦争犠牲者名簿

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 本名簿は、教職員(元を含む)、校友(中退者および工手学校・高等工学校卒業生を含む)、在学生の三部構成とし、各死没者についての記載事項は、氏名・学部科・卒業年月(教職員・校友)もしくは入学年月(在学生)・所属および身分(教職員)・死没年月日・死没地・死没事由である。

 学部科と入学もしくは卒業年月については、先ず教職員の場合、大部分は校友であるが、重複を避けるために、ここでは校友中からその記載を省いた。また、校友・在学生については、例えば、高等学院修了者ではなく専門部を卒業した後に学部に入学したような者は、卒業もしくは在学学部の項に掲げ、それ以前の学歴は、括弧を付して、例えば「(昭一〇専政卒)」のように記した。

 卒業の月は、大正十年以前は七月、同十一年から昭和十五年までは三月、十六年以降は三月と十二月、十七―二十年は九月であるが、中には、例えば三月に卒業すべきところを何らかの事情により五月に卒業したというような場合が若干見受けられる。しかし、この名簿では、このような校友も正式卒業年月の欄に含めることとした。

 昭和十九年九月以降卒業の校友中には、死没年月が卒業年月以前という一見奇妙な場合が見られる。これは、戦時下における学徒出陣等の超非常措置とも言うべき学生・生徒の軍籍への編入され方と、それに対応した学籍の変則的処理とに由来する。すなわち、第三巻一〇三六頁および一一〇二頁で述べたように、学徒出陣後最初の卒業・修了式は十九年九月に挙行されたが、学徒出陣により入営した学生・生徒は学籍上、「仮卒業」という形で休学扱いされていた。そして卒業・修了式以前に戦没した者にも、この十九年九月付の卒業証書の授与が認められ、これ以降は、卒業の認定条件が更に緩和されていった。こうした一連の超非常措置の結果、死没年月が卒業年月に先立つケースがしばしば生じたのである。

 死没事由の大部分は、名簿では「戦死」となっている。戦死とは、一般には軍人としての死亡、戦地での死亡を意味するであろう。しかし、厳密に言えば、旧陸海軍人の死亡は戦死・戦傷死・戦病死・不慮死・病死・死亡・事故死・殉職の八つに分類される。この場合の戦死は、一般の用法に比べるとかなり狭い意味のものである。名簿における「戦死」には、恐らく、こうしたいわば広義の戦死と狭義のそれとが入り混じっており、厳密には戦死と記すべきでない場合も含まれていると思われる。また、「戦災死」とは、非戦闘員で空襲により死没した者である。なお、広島・長崎における原爆による死没も広い意味では戦災死と言えようが、これについては特に、非戦闘員の場合は「原爆」、軍人について「戦死(原爆)」と記した。「遭難」とは、戦災死と同様に非戦闘員でありながら、例えば乗船中の船舶が雷撃を受けるなどして死没したケースを指している。その他、この名簿中には死没事由が記されていない者も若干あるが、これは死没地や死没状況から判断して明らかに戦争犠牲者と看做し得る場合である。

 死没地の表記は、原則として戦争当時の呼称に従った。例えば、中国については「支那」「北支」といった言い方を用い、また満州についても中国東北部とは記さず、満州国の省名もそのまま使用した。ただし、今日殆ど死語と化していると思われるものは、分りやすい名称に改めた。一例を挙げれば、「大宮島」は「グアム島」の如くである。

一 教職員

岡崎(旧姓羽野)確 昭和八年三月高等師範部国語漢文科卒業 調査課職員 12・9・25 北支 戦死

稲村国次郎(旧名邦郎) 大正二年七月専門部政治経済科卒業 元法学部講師 12・12・23 南京郊外 戦死

加藤健児 大正一五年三月政治経済学部卒業 第一高等学院教授 14・8・29 善通寺陸軍病院 戦病死

大橋広 専門部講師 16・3・21 戦病死

長谷川安兵衛 大正八年七月大学部商科卒業 商学部教授 17・10・29台湾 殉職

瀬谷勇 昭和一六年一二月理工学部卒業 理工学部教務補助 18・10・3 ニューギニア 戦死

助川啓四郎 明治三九年七月専門部政治経済科卒業 元専門部政治経済科講師 18・10・5 玄海灘 遭難

相良克明 昭和四年三月文学部卒業 文学部講師 18・10・31 比島 戦死

郭明昆 昭和六年三月文学部卒業 第二高等学院教授 18・11・23 温州沖 遭難

村上正海 昭和一二年三月理工学部卒業 理工学部助教授 19・7・29 ビルマ 戦病死

野口勇 昭和四年三月高等師範部英語科卒業 元専門部商科教授 19・10・18 比島 戦死

川原篤 昭和三年三月政治経済学部卒業 政治経済学部教授 20・1・11 漢口陸軍病院 戦病死

牧野愛吉 大正六年七月大学部政治経済学科卒業 商学部職員 20・4・13 東京 戦災死

加藤金之助 昭和一八年九月専門学校商科卒業 留日学生協会職員 20・5・25 東京 戦災死

須田敦夫 昭和七年三月理工学部卒業 理工学部助教授 20・5・29 横浜 戦災死

白井長助 昭和二年三月文学部卒業 元第一高等学院教授 20・8・15 新京 自決

小田公一 理工学部職員 23・12・31 戦死

二 校友

 明治三六年七月英語政治科卒業

荻野元太郎 20・5・26 戦災死

 明治三八年七月専門部法律科卒業

森保祐昌(旧名助三郎) 20・8・6 広島 原爆

 明治三九年七月大学部文学科卒業

青賢治 20・8・6 広島 原爆

 明治四〇年七月卒業

大学部文学科

岡田復三郎 20・5・26 戦災死

大学部商科

西村孝一郎 20・12・20 戦死

専門部法律科

山崎一策 北支 戦死

 明治四一年七月大学部商科卒業

田中一英 12・7・29 通州 戦死

 明治四二年七月大学部商科卒業

石丸英一 20・3・17 戦災死

 明治四三年推選校友

山岸輝雄 20・3・10 東京 戦災死

 明治四五年七月大学部文学科卒業

佐羽尾伊佐美 20・8・7 豊川海軍工廠 戦死

 大正二年七月卒業

大学部商科

戸田盛貞 19・4・29 戦死

大学部理工科

赤司佐一 20・6・19 沖縄 戦死

 大正三年七月卒業

専門部政治経済科

堀川直吉 20・8・9 長崎 原爆

専門部法律科

土井与一 20・8・6 広島 原爆

 大正五年七月卒業

大学部商科

石渡熊蔵 18・2・8 南方洋上 戦死

高等師範部数学科

脇本多加志(旧名硱) 14・2・16 戦死

 大正六年七月卒業

大学部政治経済学科

殷汝耕 22 刑死

 大正七年七月卒業

大学部商科

酒井求馬 19・3・16 戦死

原義一郎 戦死

室塚鉄二 20・2・26 戦死

大学部理工科

増本幸之助 20・8・9 長崎 原爆

専門部法律科

小林新治 19・2・1 南方 戦死

 大正八年七月卒業

大学部法学科

矢島正 20・8・13 戦死

大学部文学科

橋本正次郎 19・12 戦死

松波松太郎 20・4・19 セブ島 戦死

大学部商科

河内豊 20・8・6 広島 原爆

森永三郎 20・2・24 コレヒドール島 戦死

 大正九年三月大学部文学科中退

伴田五郎 12・10・6 上海郊外 戦死

 大正九年七月卒業

大学部文学科卒業

大井巌 21 戦死

大学部商科

笠井(旧姓松田)健彦 20・8・6 広島 原爆

示村直 12・7・30 通州 遭難

高松静男 戦死

宮久保徳明 14・4・2 大阪陸軍病院 戦病死

専門部政治経済科

雨宮秀喜 20・3・17 硫黄島 戦死

小野(旧姓小沢)祐之 19・5 サイパン島 戦死

松尾(旧姓佐藤)収治 21・9・22 外蒙古 戦死

 大正一〇年七月専門部政治経済科卒業

田中政一 14・3・31 広東省 戦死

 大正一一年三月卒業

大学部政治経済学科

福田継治郎 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

大学部商科

池畑(旧姓千田)不二男 13・12・28 小倉陸軍病院 戦病死

佐藤信夫 20・8・2 富山 戦災死

渡辺豊三郎 20・6・17 沖縄 戦死

専門部政治経済科

清水博二 戦死

山口博字 戦死

 大正一二年三月卒業

政治経済学部

馬場清衛 20・4・17 ニューギニア 戦死

中村峰司 20・7・4 戦死

商学部

野田稽造 20・3・29 ジャワ 戦病死

喜多覚次 19・4・24 比島 戦死

専門部政治経済科

今村乵也 20・7・22 牡丹江陸軍病院 戦死

掛川完一 20・12・25 戦病死

専門部法律科

栗崎晃 20・8・9 長崎 原爆

増田弥之助 19・7・18 戦死

専門部商科

酒井輝 13・8・26 中支 戦死

谷口忠夫 20・6・21 戦死

藤井利雄 14・11・9 広島陸軍病院 戦病死

松島弥三郎 14・12・16 中支 戦死

米田静人 20・8・6 広島 原爆

 大正一三年三月卒業

政治経済学部

橋爪善之助 20・8・14 ルソン島 戦死

商学部

市川隼人 20・9・5 ボルネオ 戦死

岡本三郎 18・5・20 戦死

勝田義三 20・8・6 広島 原爆

斎藤(旧姓松下)函麓 13・10・13 江西省 戦死

沢善九郎(旧名善之助) 20・8・7 ミンダナオ島 戦死

清水末男 14・4・13 湖北省 戦死

清水仙一 20・7 戦病死

水野地球治 20・7・14 ビルマ 戦病死

山口信之助 20・3・10 戦災死

専門部政治経済科

上野清 20・8・6 広島 原爆

谷健一郎 14・1・28 河北省 戦死

森益治 13・10・28 支那 戦死

専門部法律科

小沢馨 20・6・21 沖縄 戦死

松村篤三 14・8・27 支那 戦死

三宅新吉 20・8・4 戦死

遊田了介 戦死

専門部商科

市川一男 20・4 ネグロス島 戦死

小川修一 19・6・1 アドミラルティ諸島 戦死

倉田(旧姓山本)雄三郎 18・5・10 ビルマ 戦死

庫内彦太郎 17・6・4 満州 戦病死

西山隆治 12・10・26 中支 戦死

 大正一四年三月卒業

政治経済学部

山内貞幸 19・6・23 サイパン島 遭難

法学部

狩野孝之 18・3・3 ニューギニア沖 戦死

田中利一 19・4・16 ビルマ 戦死

宮里文雄 17・12・1 戦病死

宮本俊男 13・10・7 支那 戦死

商学部

中村勇夫 20・5・11 戦死

平井武 18・5・7 ニューギニア 戦傷死

吉田光一 19・8・9 ニューギニア 戦死

理工学部

河合時三郎 19・5・31 戦死

栗山一郎 13・10・19 広東省 戦死

橋本茂樹 20・7・19 福井 戦災死

福島覚一 20 ジャワ 戦死

渡辺治郎 19・10・28 ニューギニア 戦死

専門部政治経済科

荒木久次郎 15・8・15 青島 戦病死

岩田義雄 20・4・15 戦死

岩永虎吉 20・8・24 戦病死

内田俊雄 17・2・8 戦死

沢石信三 20・3・23 マニラ東方 戦死

水谷栄一 戦死

専門部法律科

岡田穣 14・2・20 広島陸軍病院 戦病死

岡野健治 14・7・25 満州 戦死

神田鈞一 20・8・27 クアラルンプール 戦病死

手塚律 20・5・5 戦死

保科良顕 戦死

専門部商科

飯室一忠 19・8・30 戦死

折田友七 19 戦死

梶川勝太郎 11・10 上海 戦死

河内(旧姓杉山)一恵 19 比島 戦死

志摩文衛 20・1・5 比島海上 戦死

長木谷一郎 20・4・19 戦死

守谷三郎 19 戦死

 大正一五年三月卒業

政治経済学部

渡辺久三郎(旧名政二) 26・4・22 戦死

法学部

寺内得 19・7 比島 戦死

文学部

樽本義一 17・9・3 広東省 戦死

商学部

安芸祝 13・9・14 陸軍軍医学校 戦病死

浅利政孝 13・11・29 上海 戦病死

幾田(旧姓宇土)文雄 20・6・30 レイテ島 戦死

斎藤秋夫 14・10・22 広島陸軍病院 戦病死

筒井専太郎 12・12・18 江蘇省 戦死

理工学部

本田亀松 20・8・5 戦死

専門部政治経済科

井原海介 12・12・9 安徽省 戦死

内田彦二 戦死

大谷毅 19・7・18 サイパン島 戦死

専門部法律科

荒田武安 19・6・29 鹿児島県沖 戦死

稲垣三郎 20・8 南支 戦死

藤井興門 20・7・24 セブ島 戦死

村井又男 18・11・25 太平洋 戦死

専門部商科

後藤康夫 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

佐藤勝雄 13・5・24 河南省 戦死

沼田三郎 20・5・22 沖縄 戦死

樋口忠平 20・8・18 ニューギニア 戦病死

宮本慎二(旧名赤太郎) 20・3・8 河北省 戦死

高等師範部国語漢文科

小口芳郎 20・8・14 戦死

奥田(旧姓岡垣)義男 13・10・7 中支 戦傷死

吉岡大一郎 14・9・24 中支 戦死

高等師範部英語科

伊藤勇 12・12・25 浙江省 戦死

金子紀次郎 20・8・12 戦死

鈴木晃淳 20・2・5 ルソン島 戦病死

 昭和二年三月卒業

政治経済学部

青木俊徳 20・3・21 パナイ島 戦死

石堂正 21・3・21 ソビエト 戦病死

中村衷治 20・8・12 満州 戦死

法学部

大滝和一 沖縄 戦死

永井義順 20・7・15 比島 戦死

文学部

大串鋭彦 12・10・11 上海 戦死

中桶武夫 20・6・7 戦死

増子義亮 20・4・3 ルソン島 戦死

商学部

安藤竜 13・10・2 山西省 戦死

佐藤貞次郎 20・5・25 マニラ 戦死

戸田廉吉 ビルマ 戦死

中込保三 ビルマ 戦死

弘世正一 20・7 戦死

本堂洋太郎 戦死

専門部政治経済科

筧芳雄 13・9・12 中支 戦傷死

助川貞次 14・11・11 河北省 戦死

宮崎靖 19・3・29 戦死

若菜荘一 20・8・1 長岡 戦災死

専門部法律科

竹内英寿 20・6・9 戦死

専門部商科

大庭六治 20・5 南方 戦死

岡田孝 19・1・21 戦死

三原忠義 17・3・10 戦病死

高等師範部国語漢文科

青木晃夫 20・8・11 戦死

菊池精 21・4・28 戦病死

福井辰夫 20 戦病死

松谷(旧姓川岸)茂夫 20・6・28 沖縄 戦死

高等師範部英語科

橋本健之助 20・7・18 ルソン島 戦病死

三浦貞治 20・9・18 戦死

専門学校商科

福島一 12・10・3 江蘇省 戦死

藤森宏祐 20・8・7 満州 戦傷死

 昭和三年三月卒業

政治経済学部

青木健郎 20・12・18 ハルピン 遭難

男庭善六 20 戦死

兼子義一 14・12・18 湖北省 戦死

松田幸助 13・3・28 山西省 戦死

丸尾実 14・4・17 江蘇省 戦傷死

森川貞三(大一四専商卒) 20 ジャワ 戦病死

法学部

今井三郎 19・9・30 南方 戦死

垂井克己(大一三専法卒) 20・8・27 戦死

乗藤克己 20・6・22 ルソン島 戦病死

山崎正芳 19・6・29 徳之島 戦死

文学部

小野芳之助 南方 戦死

商学部

小野篁平 14・9 病死

岡本(旧姓吉岡)正清 20・5・20 比島 戦死

川辺真澄 19・10・17 セレベス 戦死

金城清太郎 13・10・10 中支 戦死

名坂喜久次 20・3・1 レイテ島 戦死

能見忍 20・6・6 ルソン島 戦死

籾山寛一 戦死

脇田喜久夫 20・8・5 戦災死

理工学部

片野俊彦 20・8・6 広島 原爆

若菜猛 17・9・29 中支 戦病死専門部政治経済科

瀬谷作平 戦死

田中和夫 18・4・28 戦死

高杉昭 20・7・25 比島 戦死

原口清松 20・12・10 満州 戦病死

山田一信 20・9・20 ラバウル 戦病死

専門部法律科

佐久間敏 21・1・6 満州 戦病死

専門部商科

朝倉宗三郎 21・5・8 ソビエト

内山喜一 18・8・18 ニューギニア 戦死

佐々木繁夫 18・12・23 戦死

多田三郎 20・4・1 東支那海 戦死

高沢宏三 12・10・6 上海 戦死

津氏一男 20・5・7 ニューギニア 戦死

早川東 20・3・19 比島 戦死

渡辺(旧姓野沢)信二 13・2・3 支那 戦傷死

高等師範部国語漢文科

岩崎弘毅 20・6・12 ルソン島 戦死

児島幹男 20・8・8 比島 戦死

藤平輝治 13・9・27 江西省 戦死

宮城俊次郎 15・5・4 戦死

 昭和四年三月卒業

政治経済学部

伊勢貞一 19・8・15 アドミラルティ諸島 戦死

木村正人 16・7・15 戦病死

綱島見明 20・5・2 ビルマ 戦死

中島駿吉 21・3 シベリア

原武雄 20・8・5 ダバオ 戦死

法学部

池田繁一 14・12・20 広西省 戦死

佐々木辰三 13・8・17 山西省 戦死

田中(旧姓佐賀)駒三郎 19・5・6 沖縄 戦死

西誠之助 20・5・21 ミンダナオ島 戦死

古川正彦(大一五専法卒) 17・9・19 戦死

松本以左男 21・1・29 戦病死

吉原茂 21・3・12 ソビエト

文学部

小山田光 20・7・11 タイ 戦病死

仏田良二 20・11・28 戦病死

嶺村長贇 12・10・17 江蘇省 戦死

商学部

小川嘉彦 戦死

片山二郎 19・8・19 ビルマ 戦死

金尾敏雄 19・6・10 ニューギニア 戦死

小堀十朋 20・3・17 戦死

清水善之助 13・10・3 江西省 戦死

富尾(旧姓上野)淳 21・2・1 満州 戦病死

中村(旧姓岡田)大三郎 13・5・19 河南省 戦死

藤井五郎八 20・5・18 戦死

理工学部

板谷守 19・5・18 戦死

小俣等 15・5・12 広東省 戦病死

桂正繁 20・5・26 戦傷死

福田克巳 18・2・8 戦死

専門部政治経済科

海田(旧姓秋葉)十己衛 20・6・27 ニューギニア 戦死

佐藤弘俊 12・12・20 小倉陸軍病院 戦病死

渡辺辰之介 16・12・8 マレー 戦死

専門部法律科

島田藤吉郎 15・1・23 南支 戦死

本山隆雄 22・8・7 ソビエト

専門部商科

黒沢広 比島 戦死

須藤隆夫 18・10・29 ニューギニア 戦死

田村潔 19・5・20 戦死

滝本広馬 17・9・6 ニューギニア 戦死

茶谷(旧姓松田)嘉 21・6 戦病死

花谷賢一 21・3・29 タイ 戦病死

藤井真一 19・9・13 戦死

渡辺伴治 20・8・27 比島 戦死

高等師範部国語漢文科

大西勝利 20・3・11 ルソン島 戦死

専門学校法律科

小山進 19・12・10 ニューギニア 戦死

森勘吾 20・7・29 満州 戦死

 昭和五年三月卒業

政治経済学部

池田平蔵 18・2・20 太平洋 戦死

高間高之助 20・5・10 ダバオ付近 戦死

中村辰五郎 18・5・17 ビルマ 戦病死

細川正隆 18・4・14 戦死

三宅喜三郎 18・4・28 南太平洋 戦死

柳沢茂一 21・9・10 ハルピン 戦病死

法学部

岡田政司 20・3・10 戦災死

細井工 18・4・28 南太平洋 戦死

文学部

今永益美 20・4・13 大分県柳ケ浦町 戦災死

木村重充 12・7・29 通州 遭難

帰山正夫 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

斎藤儀三郎 20・8・9 広島 原爆

杉本正一 20・1・23 ルソン島 戦死

早川吉右衛門 20・2・24 ルソン島 戦死

商学部

井上誠一 20・4・12 台湾 戦死

滝川(旧姓那須)吉彦 18・4・28 戦死

根塚良夫 19・11・24 中支 戦死

藤井清 19・6・30 戦死

藤沢康次 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

水原義明(旧名義晃) 20 戦死

山本盛光 15・3・5 広東省 戦死

理工学部

芝田守三 20・3・15 ルソン島 戦死

櫨本剛 戦死

専門部政治経済科

太田政明 13・4・27 江蘇省 戦死

岡田貞雄 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

加藤良吉 20・8・9 戦死

亀岡憲二郎 7・9・3 奉天付近 戦死

川崎栄一 18 満州 戦病死

久保三郎 20・8・6 広島 原爆

小吉勝実 20・11・30 間島省 戦病死

佐々木英雄 20・2・26 マニラ 戦死

鈴木善十 22・5・25 ソビエト 病死

田野真作 20・8・2 中支 戦病死

田原恒雄 20・3・28 久留米陸軍病院 戦病死

滝本(旧姓立川)直行 14・12・16 湖北省 戦死

前島英二 21・3・30 シベリア

水谷薫 20・8・11 戦死

宮内庄兵衛(旧名力三郎) 19・5・17 ニューギニア 戦死

専門部法律科

北見忠盛 19・9・18 ハルマヘラ島 戦病死

山田義雄 20・8・6 広島 原爆

専門部商科

秋山(旧姓岡本)光雄 戦時死亡

金丸常雄 19・12・9 戦死

小林哲栄 18・7・23 戦死

佐々木歴夫 15・9・28 河北省 戦死

清水房平 20・8・6 広島 原爆

高橋昌平 東京 戦災死

高橋外喜雄 戦死

橋爪省吾 21・4・6 黒河省 戦病死

本田英俊 20・7・1 レイテ島 戦死

馬淵章 13・5・11 支那 戦死

増田松三郎 20・11・10 ソビエト

松井清 21・9・16 朝鮮・収容所

松本栄 19・6・13 ビアク島 戦死

道守(旧姓堀井)三郎 19 南方 戦死

柳田正実 20・5・1 比島 戦死

山戸慎一 19・12・7 ニューギニア 戦死

渡辺利雄 12・10・12 江蘇省 戦死

高等師範部国語漢文科

石黒(旧姓長谷川)利三郎 20・8・14 三江省 戦死

小山正美 13・3・16 山西省 戦死

大塚義太 14・12・16 山西省 戦死

加島(旧姓山内)致一 15・6・27 河北省 戦死

小迫勝一 12・8・22 北支 戦死

高等師範部英語科

高橋俊一 20・3・14 ルソン島 戦死

立川富造 20・8・14 興安北省 戦死

野下伝造 戦病死

松原操 17・2・12 シンガポール 戦死

専門学校法律科

浜岡助四郎 13・12・6 通化省 戦死

専門学校商科

本原貞夫 20・9・28 台湾 戦病死

 昭和六年三月卒業

政治経済学部

浦野二郎 20・8・13 興安南省 戦死

佐藤晋 20・7・3 北支 戦死

法学部

池田逸馬 14・12・16 広東 戦死

今木誠司 20・6・13 セレベス 戦死

岡部晴雄 20・5・16 ニューギニア 戦死

高井立夫 12・10・24 上海 戦死

福原元一 19・10・17 マルジップ方面 戦死

文学部

神原茂 13・5・17 山西省 戦死

商学部

伊藤二郎 20・5・20 セブ島 戦死

小倉(旧姓大森)晴次 24・4・28 ルソン島 戦死

尾形哲次 20・5・31 台湾 爆死

岡本清 戦死

景山四郎 19・6・18 ニューギニア 戦死

田村総一 20・1・29 台湾海峡 戦死

土門忠太郎 戦死

富谷猛 19・3・19 ニューギニア 戦死

中村(旧姓三輪)鉦治郎(昭三専商卒) 20・2・21 ルソン島 戦死

西川鋼一 19・4・24 戦死

原二郎 20・8・15 ルソン島 戦死

藤田誠 20・5・2 比島方面 戦死

宮路徳一 戦死

吉沢祐治(昭三専商卒) 20・8・17 戦死

吉村吉太郎 15・1・9 北支 戦病死

理工学部

小塚明 17・1・20 マレー 戦死

高島直隆 20 沖縄 戦死

狭間(旧姓村田)彦一 20・6・20 沖縄 戦死

松隈秋輔 19・8・2 ブーゲンビル島 戦病死

専門部政治経済科

池田一男 19・9・14 雲南省 戦死

池谷準一郎 20・7・18 戦死

内堀修一 台湾沖 戦死

大森純一 19・6・24 ビルマ 戦死

落合吉人 20・4・16 戦死

取田昌次 20・6・20 沖縄 戦死

新居利夫 19・12・22 戦死

浜島豊 20・7・5 比島 戦死

福家正二 戦死

松下二郎 20・4・1 戦死

美佐保武 20・8・9 興安北省 戦死

明神寛 20・4・14 戦死

吉田正直 19・9・12 戦病死

専門部法律科

内田正男 20・7・28 比島 戦病死

浦木(旧姓加納)忠雄 20・8・15 戦死

黒宮憲治 22・7・22 呉海軍病院 戦病死

河野竜雄 20・5・21 ルソン島 戦死

原巧 20 比島 戦死

松本繁 20・9・3 支那 戦死

専門部商科

井内正隆 15・9・24 広東省 戦死

植田弥一郎 20・9・4 湖南省 戦病死

小林貞男 19 戦死

坂本勇 18・1・25 ニューギニア 戦死

繁原(旧姓矢島)久米安 戦死

白井武夫 20・9・12 ビルマ 戦死

鈴木勇 20・2・6 マニラ 戦死

十河一雄 20・6・12 ルソン島 戦死

高橋金一 19 戦死

滝沢光夫 20・1・10 北支 戦死

徳丸重雄 20・7・27 ビルマ 戦死

中川(旧姓鈴木)喜徳郎 19・12・20 レイテ島 戦死

中沢福男 20・6・5 沖縄 戦死

清田清五郎(旧名吉五郎) 12・10・24 支那 戦傷死

松田順治 17・6・16 戦死

森岡(旧姓小林)健市 18・3・11 戦病死

山本祐一 12・11・23 北支 戦死

高等師範部国語漢文科

有働健司 21 ソビエト 戦病死

高等師範部英語科

青木一夫 19・7・18 中部太平洋 戦死

内田全 20・7・13 比島 戦死

藤田終治 14・6・16 江西省 戦死

星野喜一郎 13・3・3 北支 戦傷死

専門学校法律科

吉田喜一 19・7・12 南支那海 戦死

専門学校商科

平川豪三 21・2・20 大分県竹田町 原爆

本田宣人 13・9・21 河南省 戦病死

 昭和七年二月工手学校卒業

渡辺作次 12・9・21 上海付近 戦死

 昭和七年三月卒業

政治経済学部

相川竜雄 22・6・11 戦病死

市川三郎 20 戦死

入江正寿 19・10・4 ニューギニア 戦死

菊地正治 12・10・13 上海 戦死

北村忠夫 12・9・15 北支 戦死

日下精 19・3・7 ニューブリテン島 戦死

熊切槌夫 20・8・16 支那 戦死

志摩義雄 20・3・20 宮古島 戦病死

杉浦篤二 17・5・3 戦病死

関靖彦 15・10・18 北支 戦死

田所重利 20・8・16 牡丹江省 戦死

高橋信義 19・12・6 バシー海峡 戦死

土志田止郎 19・9・12 比島方面 戦死

中田正雄 14・6・24 広東省 戦死

福岡和三 20・7・25 ルソン島 戦死

三留武雄(昭四専政卒) 12・10・22 上海付近 戦死

水谷武夫 12・11・22 江蘇省 戦死

法学部

小泉栄治 ビルマ 戦死

佐藤一 ハバロフスク 戦病死

鈴木茂三 15・1・3 安徽省 戦死

中井陽次 14・11・17 大阪陸軍病院 戦病死

根本正 20・4・2 満州・陸軍病院

文学部

越智勇 20・6・14 沖縄方面 戦死

小林静雄 20・1・24 比島 戦死

白石春男 12・12・11 南京 戦死

進藤清 21・6 ハルマヘラ島 戦死

中村完治 戦死

宮崎(旧姓藤島)勝好 20・4・3 ルソン島 戦死

商学部

阿部広次 20・9・13 戦病死

赤座貞雄 14・11・7 湖北省 戦死

今井(旧姓星野)史郎 13・9・24 中支 戦死

大西栄造 20・7・7 ミンダナオ島 戦死

粕谷良雄 21・12・27 朝鮮 戦病死

川本晋作(昭四専商卒) 20・3・23 戦死

黒田常蔵 14・2・7 山西省 戦死

鹿野正広 21・1・25 戦病死

末光(旧姓松崎)卓爾 17・2・9 シンガポール 戦死

鈴木嘉明 20・1・24 比島 戦死

田中修一 19・12・2 東支那海 戦死

丹後今平 20・11・12 ソビエト 戦病死

西片勇 14・12 陝西省 戦死

原正邦 20・12・27 戦死

森川敏男 20・3・3 ビルマ 戦死

山下重敏(昭四専商卒) 20・3・17 戦死

吉田巌(昭四専商卒) 名古屋 戦災死

吉田南八 19・12・19 台湾 戦死

理工学部

安藤忠男 20・5・14 ルソン島 戦死

大津利雄 20・8・12 満州 戦死

平松武夫 20・3・23 沖縄 戦死

溝口宗彦 20・5・25 理工学研究所 戦災死

専門部政治経済科

井関茂 12・9・15 北支 戦死

池沢利寿 20・8・5 ニューギニア 戦死

石丸鉄次郎 24・2・25 満州・図們収容所 戦病死

今井雄次郎 20・8・31 太田市 戦病死

河東田徳三郎 12・10・16 上海 戦死

佐藤正治 20・2・10 マニラ 戦死

芹沢治郎 20・2・17 ダバオ付近 戦死

田村光雄 20・6・9 支那 戦死

玉井清 20・8・25 戦死

西川四郎 21・1・20 漢口 戦病死

服部光雄 朝鮮総督府 遭難

松本(旧姓村川)重一 19・2・7 新京 戦死

和波明 19・9・8 戦病死

専門部法律科

井上猛男 19・10・17 マリアナ諸島 戦死

小野寺武雄 21・1・10 ソビエト

妹尾誠六 20・4・28 レイテ島 戦死

高田早苗 21・3・28 満州 戦死

森久二朗 13・4・30 山東省 戦死

米田武次 シベリア 戦病死

専門部商科

伊藤英一 20・2・5 防府海軍病院

岩沢武 戦死

加藤英雄 13・5・13 山東省 戦死

上土居武雄 20・12・30 ソビエト 戦病死

小板橋祐治 20・12・11 ソビエト 戦病死

佐藤貫二 21・8・31 シベリア 戦病死

佐藤太郎 19・7・18 サイパン島 戦死

坂口静夫 19・8・15 ニェーギニア 戦死

三箇正 20・6・22 沖縄 戦死

高野(旧姓武田)市太郎 20・3・4 関東州 戦病死

富田勝造 シベリアからの帰途 戦病死

中川種満 20・10・17 戦病死

橋口喜一 19・4・30 ニューギニア 戦死

藤本(旧姓内田)四郎 13・4・30 江蘇省 戦死

松本祥一 13・10・20 江西省 戦死

三宅進 20・7・1 ルソン島 戦死

山本住蔵 20・11・2 中支 戦病死

吉田(旧姓大口)義之 15・5・22 広東省 戦死

高等師範部国語漢文科

田中一郎 20・5・10 沖縄 戦死

中村邦衛 15・1・2 広西省 戦死

平野義一 19・7・18 戦死

平山静雄 16・6・30 北支 戦死

高等師範部英語科

国見房雄 戦死

小松(旧姓若代)富夫 20・7・29 南支 戦病死

田中恵允 満州 戦病死

橋本正一 12・8・28 上海付近 戦死

昼田登 20・8 南方 戦死

山田克己 19・2・19 戦死

専門学校政治経済科

加藤広 19・12・2 戦死

専門学校法律科

日沖清男 20・3・10 戦災死

 昭和八年三月卒業

政治経済学部

川井重厚 24・6・24 ソビエト 戦病死

菅実悌 20・12・2 戦死

金藤信一 22・4・24 朝鮮 戦死

坂本良介 13・8・22 南京 戦病死

重富信雄(昭四専政卒) 21・3・16 戦病死

永田寿男 13・7・28 江西省 戦死

堀江寅之助 20・5・1 戦死

法学部

伊藤徳次郎 12・10・7 上海 戦死

岡村正知(昭五専法卒) 20・8・12 セブ島 戦死

坂上績 15・9・11 広東 戦病死

篠部晃 戦死

島田寿雄 20・6・8 ビルマ 戦死

涼木吉男 20・11 中支 戦病死

嵩原安雄 13・10・2 江西省 戦死

土井修爾 13・7・7 戦病死

戸沢栄一 20・8・19 ルソン島 戦死

中村忠通(昭五専法卒) 20・4・20 戦死

細目実 20・11・10 戦死

松崎幸吉 19・10・19 中支 戦病死

文学部

小河瑞(昭四高師卒) 20・3・10 東京 戦災死

揖西常夫 22・6・2 ビルマ 戦死

田辺善一郎 13・7・12 中支 戦死

多賀谷新次郎 20・4・26 戦死

手島伸夫 20・6・26 戦死

永井照徳 20・1・19 ミンドロ島 戦死

野木沼匡善 19・7・18 サイパン島 戦死

矢橋工 18・12・9 戦病死

吉田栄 16・5・25 南支 戦死

商学部

大塚弥太郎 18・1・25 戦死

太田(旧姓中川)清六 19・8・24 戦死

奥平正康 20・7 レイテ島 戦死

加藤登(昭五専商卒) 20・2・16 レイテ島 戦死

喜多吉右衛門 19・10・31 戦死

貴田道夫 18・1・21 南支 戦病死

倉永久男 ソビエト

佐伯喜三郎 14・8・1 河北省 戦死

佐久間辰三 18・2・21 戦病死

佐原義人 20・5・24 ボルネオ 戦死

坂本光男 戦死

鈴木雋一 19・7・18 サイパン島 戦死

鈴木勇男 19 比島 戦死

田川潔 19・2・3 支那 戦死

手墳義雄 20・5・26 ルソン島 戦死

中島太五郎 13・7・7 遭難

永井宗雄 19・7・11 戦死

畠山金之助 15・9・29 山西省 戦死

原田照三 20・7・8 戦死

福富謙二 20・4・11 沖縄 戦死

古館義枝 戦死

柚木栄一 20・4・9 戦病死

理工学部

伊藤嘉朗(旧名武夫) 20・7・3 戦死

早田晃 19・5・21 戦死

専門部政治経済科

安達弘治 19・9・3 北支 戦死

青木秀夫 12・9・23 上海 戦死

石原隆 18・6・6 戦死

宇野修二 13・11 内蒙古 戦死

魚住(旧姓梅岡)直一 13・9・24 中支 戦死

尾高光 19・10・25 比島 戦死

加島一生 20・7・15 レイテ島 戦死

川辺安則 19・6・9 ビアク島 戦死

忽那修三 19・12・17 戦死

佐藤義信 19・10・25 ニューギニア 戦病死

斎藤勇 18・4 南西諸島 戦死

柴田有蔵 満州 戦死

島田松雄 12・10・24 泰山丸 戦病死

田中醇 20・8・13 興安南省 戦死

辻道弘一 20・4・10 戦死

中山孟彦 戦死

福山広教 19・9・19 ニューギニア 戦病死

松本由市 20・7・23 ビルマ 戦病死

専門部法律科

井野場次雄 19・5・16 戦死

久保田喜久蔵 20・8・19 ソ満国境 戦死

中野寿康 19・9・30 戦死

矢吹正三 戦死

安永儀助 20・3・22 ビルマ 戦死

専門部商科

足立脩三 20・10・28 牡丹江省 戦病死

有田捨三 15・4・12 戦死

石崎信男 20・1・8 台湾方面 戦死

石田博観 12・11・1 山西省 戦死

魚谷太郎 13・2・27 北支 戦死

加藤仙寿 20・6・18 沖縄 戦死

片田喜代蔵 20・3・24 支那沖 戦死

小島虎五郎 19 比島 戦死

河野隆 20・7・29 満州 戦病死

佐藤健三 20・3・28 ビルマ 戦死

阪本正夫 20・7・15 戦死

榊原寛二 15・1・19 戦傷死

品田久蔵 20・8 戦災死

田岡悠 20・7・27 戦死

堂本正男 20 ボルネオ 戦死

中村孝 19・3・28 戦死

原田秀夫 20・7・1 レイテ島 戦死

広田静昭 14・5・25 台湾 戦病死

間江亀 13・3・29 支那 戦病死

真弓一 20 戦死

前田利一 17・9・30 戦病死

三浦陽 戦死

溝部虎雄 18・1・3 戦死

宮原博 戦死

谷口清 20・3・17 硫黄島 戦死

安池博 20・9 戦死

吉村喜久男 21・1・10 ソビエト

高等師範部国語漢文科

井上久雄 21・3・24 ソビエト 戦病死

上岡己平 12・9・27 支那 戦死

今野章 20 戦死

立石蘇一 12・11・11 中支 戦病死

高等師範部英語科

相田新三郎 間島省 戦死

井上利夫 20・7・3 レイテ島 戦死

稲山義則 戦死

鈴木太喜雄 20・8・15 比島 戦死

早津義一 20・11・27 漢口 戦病死

松藤松生 12・12・5 安徽省 戦死

専門学校政治経済科

田中豊作 21・1・11 シベリア

専門学校商科

前田豊 10・10・12 浜江省 戦死

 昭和九年三月卒業

政治経済学部

石村英二 20・6 戦死

石村繁 12・10・22 江蘇省 戦死

川辺辰夫 沖縄 戦死

国松広造 20・9 戦死

黒岩武夫 20・8・10 戦死

榊徳太郎 20・8・16 湖南省 戦病死

角南東穂 19・6・29 ラバウル 戦死

田中富士雄 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

田端貢太郎 19・6・2 台湾方面 戦死

千葉弥次郎 19・6・27 戦死

津田秋邦 13・2・24 山西省 戦死

等々力嗣夫 19・4・22 ニューギニア 戦死

原田芳太郎 20・7・10 戦死

広島(旧姓藪井)喜満太 19 サイパン島 戦死

松島一郎(昭六専政卒) 20・9・13 ルソン島 戦死

吉田恵寿 14・10・22 山西省 戦死

渡辺(旧姓中村)喜平 19・10・5 ニューギニア 戦死

渡辺博 19・9・13 支那 戦病死

法学部

秋山博吉 18・9・14 ニューギニア 戦死

岩楯耕一 19・7・31 戦死

大畑友蔵 17・1・2 戦死

斎藤清 19 戦死

下村秀 13・5・25 河南省 戦死

関根金一郎 21・8・14 朝鮮 戦病死

近岡忍 21・2・15 ソビエト 戦病死

長井徳治郎(昭六専法卒) 20・2・26 マニラ 戦死

文学部

秋田滋 18・10・15 戦死

畝部整 19・7・18 サイパン島 戦死

隠岐和一 戦死

大谷勇夫 ソビエト

川瀬富雄 12・10・10 上海付近 戦死

行徳茂 戦死

粂井兼道 18 ソロモン諸島 戦病死

上月竜造 19・12・30 戦死

高味良多 20・4・15 戦病死

佐々木慶脩 20・1・29 台湾海峡 戦死

佐藤竹介 14・2・1 河北省 戦死

佐野正道 19・9・21 比島方面 戦死

鈴木武久 18・6・27 戦病死

田草川秀雄 20・3・20 比島 戦死

田村直治 21・9・15 朝鮮 戦病死

高山三郎 20・4・7 ルソン島 戦死

野口勇一 29・12・30 戦死

森賢次 19・1・31 ニューギニア 戦死

吉川勝 19・9・6 雲南省 戦死

商学部

阿部(旧姓酒井)敏雄 スマトラ 戦死

板倉栄 20・12・11 牡丹江 戦病死

鵜塚四郎 20・6・9 漢口 戦病死

栗原恵太 22・11 ソビエト 戦病死

佐野昇 14・11・12 北支 戦病死

斎藤盈夫 14・5・8 北支 戦死

坂本(旧姓小橋)昭 17・11・19 戦死

笹尾政輔 19・10・14 安東省 戦病死

島村〓 20・8・17 比島 戦死

滝本正雄 19 戦死

寺田(旧姓湯山)治男 20・4・18 戦死

成宮和一 20・4・29 千島列島 戦死

萩原寛男 戦死

橋本一男 20・2・20 ニューギニア 戦死

橋本利孝(昭六専商卒) 20・10・10 ルソン島 戦病死

古川泰英 20・6 沖縄 戦死

水野信伍 19・12・19 中支 戦病死

脇田実 16・7・29 戦死

渡辺綱治 戦病死

理工学部

巌谷不二雄 戦死

景山純男(旧名宇三郎) 19・10・18 戦死

鴻田重徳 12・10・29 上海 戦死

田野元三郎 18・10・22 ラングーン 戦病死

中村肇 20・12・1 戦病死

専門部政治経済科

赤城功 20・3・17 硫黄島 戦死

井上正一 20・5・9 河北省 戦死

稲葉束 20・4・22 沖縄 戦死

植木勲 22・11・6 ソビエト 戦病死

河野勇 20・1・12 ルソン島 戦死

児玉二郎 15・5・28 東京第二陸軍病院 戦病死

後藤英敏 20・5・5 湖南省 戦死

坂上弘夫 20・6・13 タラカン島 戦死

酒井文朔 20・8・15 戦病死

遠山史郎 12・10・8 支那 戦死

福田勇 20・6・9 沖縄 戦死

松本宇一 16・3・12 戦死

矢野英晴 20・6・11 戦死

吉岡美胤 21・3・9 満州 戦病死

和田成信 14・5・23 江蘇省 戦死

専門部法律科

川上隆夫 19・12・13 レイテ島 戦死

河北薫 19・9・28 戦死

佐々木稔 22・2・24 シベリア 戦病死

佐藤義人 20・8・14 支那 戦死

白坂亥郎 20・1 戦死

関政三 22 満州 戦病死

対馬清秀 ソビエト 戦病死

牧野恒三郎 20・7・14 戦病死

森山茂宏 17・12・14 戦死

専門部商科

赤井茂蔵 20・9・20 中支 戦死

浅井(旧姓山崎)延 22 戦病死

浅山精一 14・8・15 江西省 戦死

安西正男 20・7・13 ルソン島 戦死

池上一朗 17・2・8 マレー 戦死

遠藤真治 17・12・11 広島陸軍病院

奥美範 20・5・13 比島 戦死

古財俊蔵 戦死

佐藤一人 12・9・15 上海付近 戦死

佐藤誠治 13・11・2 中支 戦死

斎藤勝 21・2・20 戦病死

酒巻勝郎 20・7・1 レイテ島 戦死

塩崎平馬 戦死

角田鉦二 中支 戦病死

田辺達三 19・8・18 戦死

高橋正 20・6・20 沖縄 戦死

谷口全次郎 20・7・30 戦死

中沢賢 20・9・3 ルソン島 戦病死

中田徳太郎 14・1・18 宇都宮陸軍病院 戦病死

腹巻小一 20・5・11 豊川海軍共済病院

福永寿雄 戦死

古井武美 21・4・15 中支 戦病死

本田清一 ソビエト 戦死

松田(旧姓木村)正弘 22 戦死

松村一郎 19 戦死

三宅義雄 15・1・1 南京陸軍病院 戦病死

高等師範部国語漢文科

秋鹿邦彦 21・9・7 戦病死

小沢秀男 20・3・11 満州 戦病死

佐藤輝敏 21・1・15 シベリア 戦病死

豊田有三 20・5・4 ソロモン諸島 戦死

根来(旧姓花沢)源男 20・8・19 満州 戦死

林正一 19・11・4 傷痍軍人岐阜療養所

藤田伝 ビルマ 戦死

山下寛次郎 21・1 牡丹江 戦病死

吉田一 19・7・12 南支那海 戦死

高等師範部英語科

足立勝治 19・12・7 ブーゲンビル島 戦死

浦上作太郎 20・10・2 上海 戦死

大塚利幸 19・12 戦死

桑原一茂 20・3・7 ビルマ 戦死

重村卓郎 19・1・14 ニューブリテン島 戦死

平庚蔵 20・7・15 比島 戦死

成松卓 19・10・25 中支 戦病死

能登路吉郎 20・4・27 戦死

松田俊 21・2・11 ソビエト 戦病死

山本喜平 20・4・4 戦死

専門学校政治経済科

萩原俊雄 12・9・16 上海付近 戦死

林将哲 20・4・3 比島 戦死

専門学校商科

水内豊三 20・9・21 戦死

 昭和一〇年二月工手学校卒業

松村昇 12 支那 戦死

 昭和一〇年三月卒業

政治経済学部

青木実 13・4・3 山西省 戦死

伊東猛男 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

大西正雄 戦死

大野寛 15・1・22 広西省 戦傷死

樫谷幸郎 戦死

木村鬼雄 12・7・27 北支 戦死

岸本浩 20・7・13 戦死

小林重明 20・8・4 ボルネオ 戦死

西村栄盛 13・9・15 戦病死

松村隆雄 20・5・27 比島 戦死

三宅康雄 19・12・7 戦死

村木吉夫 20・6・30 モロタイ島 戦死

矢野束稲 19・6・5 ビルマ 戦死

山田与四郎 20・7・7 ニューギニア 戦死

法学部

有本良雄 14・7・23 湖北省 戦死

石田(旧姓田中)二郎 19・11 ビルマ 戦死

石丸汪 20・5・8 ブーゲンビル島 戦死

大城善七 20・7・17 戦死

大隅正英(昭七専政卒) 戦死

白木唯彦 16・1・7 京都陸軍病院 戦病死

田上良治(昭六専法卒) 20・4 ビルマ 戦死

富兼雄 20・6・2 戦死

長谷川義之助 20・6・18 戦死

広田留雄 20・6・8 ルソン島 戦死

福原弘(昭七専法卒) 15・4・26 江西省 戦死

森本憲之 20・8・13 広島 原爆

八木美昌 14・10・11 北支 戦死

文学部

石井幸雄 20・6・1 ネグロス島 戦死

魚崎(旧姓立野)清吾 20・1・30 台湾 戦病死

桑原至誠 18・7・11 戦病死

下司利一 18・11・8 戦病死

里上右三 19・5・16 ニューギニア 戦死

竹村次郎 20・11・3 シベリア

土屋儀正 12・10・3 中支 戦死

村田英三 20・8・10 比島 戦死

吉村道夫 21・2・15 戦病死

商学部

秋山晴九 戦死

新井恭而 16・9・29 湖南省 戦死

井浦幹夫 15・5・8 湖北省 戦死

井上茂三 20・5・8 ビルマ 戦死

稲岡哲郎 15・9・21 山東省 戦死

河野通尚(昭七専商卒) 14・8・3 北支 戦死

木村一郎 12・9 河北省 戦死

小池英雄(昭七専商卒) 16・12・12 戦死

佐藤竹二 20・6・12 戦死

榊原厚 16・1・13 湖北省 戦死

桜井積重(昭七専商卒) 21・8・12 神奈川県 戦病死

沢出保 20・7・20 ミンダナオ島 戦死

鈴木健(昭七専商卒) 19・7・16 ニューギニア戦死

高島竜雄 19・10 ビルマ 戦病死

高野忠幸 15・10・13 戦病死

高橋雅義 ソビエト 戦病死

武田勝之亮(昭七専商卒) 20・3・23 ビルマ 戦死

谷口正弘 17・8・30 戦死

鶴見正 16・12・15 戦死

寺尾敬篤 19・7・18 戦死

寺沢一三 20・8・12 戦死

西村利雄(昭六専商卒) 20・1・27 南京陸軍病院

林篤治 20・7・25 支那 戦病死

牧浦博 15・4・26 南支 戦死

三瀬保彦 19・3・12 ビルマ方面 戦死

森本勝 20・5・30 ビルマ 戦病死

八幡広 19・11・22 ニューギニア 戦死

山際律次 20・7・1 レイテ島 戦死

吉田雅夫 13・10・31 湖北省 戦死

理工学部

飯塚守 19・1・20 マレー方面 戦病死

稲垣隆 12・9・25 北支 戦死

緒方茂 20・1・7 比島 戦死

大内哲彦 ニューギニア 戦死

柿沼英男 ニューギニア 戦死

河合(旧姓茂田井)喜三郎 19・9・14 内地海上 戦死

桜井猪三郎 20・7・13 ルソン島 戦死

田辺竜二郎 19・8・22 上海 戦死

西本勇吉 戦死

福井基一 20・7・19 ルソン島 戦死

専門部政治経済科

池田勇 20 比島 戦死

岩野募 20・3・9 ビルマ 戦死

岩本六二 14・7・14 ノモンハン 戦死

梅本善平 13・3・6 河北省 戦死

大西清 20・10・16 戦死

笠井正富 20・1・18 ルソン島 戦死

金谷幸 20・7・20 ルソン島 戦死

木村喜八 19・12・16 戦病死

小池清次 19・3・20 ニューギニア 戦死

島岡宗通 20・12 戦病死

助川栄郎 20・7・14 戦死

多根(旧姓田村)芳郎 15・3・24 支那 戦死

名越馨 20・7・22 ビルマ 戦死

日高繁雄 12・9・11 山西省 戦死

平井正之 14・12・9 支那 戦死

矢口正 13・5・9 北支 戦死

山口正幹 20・8・10 間島省 戦死

山根万司雄 19・8・21 ビルマ 戦死

山本正治 20・8・21 朝鮮海峡 戦死

脇浜富一 19・11・11 ニューギニア 戦死

専門部法律科

芦田秀基 20・11・15 安東省 戦死

綾部利雄 18・3・3 南方 戦死

石井利明 19・5・20 ニューギニア 戦死

武田庄一 19・4・23 ニューギニア 戦死

恒遠淳太郎 ニューギニア 戦病死

半井尚三郎 20・8・16 満州 戦死

林哲男 19・10・3 ニューギニア 戦死

藤田文隆 20 戦死

古海清一郎 20・4・26 ルソン島 戦死

山口孟彦 戦死

専門部商科

浅田良夫 20・4・29 沖縄 戦死

安藤弘 20・4・24 戦死

池上正明 20・11・2 ボルネオ 戦死

池田義寛 22・9・13 ソビエト

石崎領 16・6・3 戦死

大江芳夫 15・10・26 戦病死

加島冬男 20・7・20 ルソン島 戦死

金子正 沖縄 戦死

唐鎌健吉 20・10・18 湖北省 戦病死

桐原兵三 戦死

葛原勉 19・9・30 マリアナ諸島 戦死

黒滝寛三 20・6・29 戦死

佐藤貞寿 14・6・2 南支 戦死

斎藤弥七郎 13・11・7 中支 戦病死

鷺清吉(旧名清一) 20・8・16 戦病死

末永寿夫 19・5・13 ニューギニア 戦死

鈴木憲治 19・9・23 宇都宮陸軍病院 戦病死

鈴木浩一 19・12・9 ハルマヘラ島付近 戦死

鈴木康夫 19・7・31 戦死

高草木量平 18・3・3 戦死

中上秀雄 20・8・25 朝鮮 戦病死

新田輝雄 15・7・2 支那 戦死

原田馨 13・4・30 江蘇省 戦死

飯田友幸 20・8・2 ルソン島 戦死

藤井紳蔵 19・10・24 比島 戦死

藤松清和 戦死

古田元保 18・1・24 戦死

三浦竹二郎 12・10・4 戦死

宮沢正夫 17・9・21 北支 戦死

元岡正志 22・10・6 延吉収容所

山泉常好 20・3・14 戦死

横山靖 20・8・16 牡丹江省 戦死

米田和三郎 19・12・25 戦死

高等師範部国語漢文科

兼子広次 19・2・28 南方 戦死

杉浦政義 14・5・4 海南島 戦死

村上貞人 20 戦死

渡辺秀夫 13・4・24 中支 戦死

高等師範部英語科

中西重之 戦死

溝淵可通 20・10・16 ジャワ 戦死

専門学校商科

川瀬藤夫 戦死

渡辺治雄 20・2・25 東京 戦災死

 昭和一〇年一一月専門部法律科中退

高野博照 12・10・4 上海 戦死

 昭和一一年三月卒業

政治経済学部

安倍正夫 20・3・21 戦死

石谷努 20・7・15 ビルマ 戦死

梅津安正(旧名省四郎) 20・3・23 戦死

小原和夫 13・5・1 中支 戦死

上林重雄 20・5・1 ミンダナオ島 戦死

岸良幸 戦死

黒沢秀夫 21・5・16 南京 戦死

古賀文一 20・7・18 比島 戦死

後藤亨 20・7・20 比島 戦死

斎藤力 22・1・18 戦病死

鈴木芳雄 戦死

田上昌夫 20・3・15 戦死

高村勇 20・7・18 戦死

塚田泰一 14・4・27 南昌付近 戦死

辻阪嘉 19・7・10 ニューギニア 戦死

徳王幸男 19・8・4 ビルマ 戦死

長津春男 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

西島憲太郎(昭八専政卒) 19・5・31 戦死

芳賀正一 14・10・22 江蘇省 戦病死

馬場真一 22・2・14 満州 戦病死

平沢武男 19・7・20 ビルマ 戦死

伏屋義秀 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

藤本貞秋(昭七専政卒) 18・4・28 戦死

宮武芳文 戦死

宮脇国保 21・1・15 戦病死

村上保彦 14・5・7 湖北省 戦死

山内卓夫 15・7・11 山西省 戦病死

山田寛次郎 22・11・19 ソビエト 戦病死

法学部

赤木秀市 20・3・25 ミンダナオ島 戦死

朝倉昇 13・10・7 江西省 戦死

井出弥一 15・9・26 蒙疆 戦死

生田真造 13・3・4 公病死

石母田勇 20・11・8 戦病死

小田繁樹 20・4・25 戦死

大畠正年 19・12・22 戦死

岡部友夫 14・4・30 湖北省 戦死

熊谷国男 13・2・18 支那 戦死

玉村厚 20・7・1 レイテ島 戦死

津田兎亀雄 13・12・2 南京 戦病死

中田信雄 13・8・17 山西省 戦死

仁田原正夫 19・7・25 ニューギニア 戦死

橋本正雄 20・4・23 比島 戦死

彦坂廉二 14・8・21 安徽省 戦傷死

平井要 20・4 マニラ 戦死

福田博 19・10・23 レイテ島 戦死

藤田文質 14・7・27 満蒙国境 戦死

松木武 20・11・28 戦死

峰村靖夫 19・11・26 ミンダナオ島 戦死

森下正二 19・6・11 インパール付近 戦死

文学部

礒兼敏夫 20・7・15 ルソン島 戦死

上原実 20・4・25 戦病死

大内直通 20・7・27 戦死

小林文夫 20・1・31 戦死

高橋義夫 13・9・26 山西省 戦死

長坂一郎 20・4・19 戦死

南京陽一郎 20 戦病死

西村邦夫 19・5・14 河南省 戦死

松本茂 20・7・29 朝鮮海峡 戦死

商学部

猪瀬勇 14・12・26 山西省 戦死

飯野正男 19・10・20 湖南省 戦死

市川祐三 12・10・19 上海付近 戦死

臼木弘 20・4・10 比島 戦死

大須賀浩 18 戦死

金子清 13・10・20 中支 戦死

木田修 20・5・6 戦死

黒川浩夫 19・10・31 戦死

古張義三郎(昭八専商卒) 14・6・23 中支 戦死

佐藤恒泰 20・10・10 ジャワ 戦死

佐藤良吉 19・6・13 スマトラ 戦病死

杉山益男(昭八専商卒) 19・8・27 戦病死

武田信治 19・3・21 蘇州陸軍病院 戦病死

奈良井瀬吉 21・8・14 戦病死

中島良一 15・4・24 広東省 公傷死

中村新人 14・8・29 ノモンハン 戦死

長田武 戦死

根津寿男 20・4・28 戦死

平石孝平 18・2・16 戦死

深井景重 20・4・7 戦病死

藤田正二 14・8・26 ノモンハン 戦死

松本正雄 19・7・12 ビルマ 戦死

山崎(旧姓小林)平 20・6・20 ルソン島 戦死

山本邦次 19 戦死

横井勝郎 12・10・13 上海 戦死

若槻一男 19・2・19 駿河湾 戦死

和田盛夫 14・1・10 山西省 戦死

理工学部

河合喜三郎 13・12・12 上海陸軍病院 戦病死

野田智雄 19・10・27 戦死

馬場浩 13・11・22 中支 戦死

専門部政治経済科

伊豆野信也 13・4・19 山西省 戦傷死

伊藤好夫 13・10・4 中支 戦死

伊藤喜彦 18・3・26 中支 戦死

植木洋三 20 ビルマ 戦病死

植村正久 20・4・12 ニューギニア 戦死

恩田実 13・11・9 安徽省 戦病死

加藤大五郎 17・12・13 ガダルカナル島 戦死

古賀康男 14・7・2 満蒙国境 戦死

坂田太刀男 20・5・2 戦死

坂本政章 19・5 比島 戦死

島聡 19・7・18 マリアナ諸島戦死

菅尾泰二 13・9・1 漢口 戦病死

住吉孝之 21・7・25 戦病死

高橋質 21・1・26 延吉 戦病死

丹野五郎 20・8・16 興安東省 戦死

土田吾一 19・10・10 ニューギニア 戦死

鳥海林 14・8・26 ノモンハン 戦死

中島一精 13・8・29 支那 戦死

中村新一 13・11・23 武昌 戦死

永井皓 20・6・10 戦死

深海(旧姓竹石)毅 18・9・12 戦死

保崎喬 河北省 戦病死

三俣正男 18・8・27 戦死

道下甚作 13・5・4 中支 戦死

宮崎吉繁 19・8・20 戦死

安田荘一 20・8・14 比島 戦死

渡辺孝史 14・3・10 江蘇省 戦死

専門部法律科

青山栄一 19・6・6 マヌス島 戦死

新井元雄 19・4・20 戦死

宇佐美義郎 19・1・31 南太平洋 戦死

遠藤寿之 15・7・1 中支 戦病死

木塚大介 19・4・20 ニューギニア 戦死

栗栖十三 20・4・20 戦死

小泉昌保 19 戦死

酒井茂信 20・8・6 広島 戦死(原爆)

須田孝 20・8 ソ満国境 戦死

関末男 16・11・21 広島陸軍病院 戦病死

宝田正吉 20・3・17 硫黄島 戦死

玉川顕成 19・5・20 戦死

鶴田勝次 12・9・20 上海 戦死

間宮正巳 20・7・1 戦死

前田正義 14・8・29 ノモンハン 戦死

最上常吉 戦死

専門部商科

青山信助 21・3・9 湖北省 戦死

天野邦久 20・7・21 ルソン島 戦死

庵原勲 20・7・23 満州 戦死

石井四郎 20・8・7 戦死

石崎利夫 14・6・5 浙江省 戦死

江川栄次 19・10・31 比島沖 戦死

小田原一男 18・10・8 戦死

小野寺三良 15・5・28 満州 戦病死

大野重教 20・6・30 沖縄 戦死

柿本澄夫 19・3・20 戦死

勝山実 20・6 ニューギニア 戦死

神林富士雄 20・6・1 比島方面 戦死

久我久雄 20・5・22 沖縄 戦死

熊坂学 12・2・1 戦死

児玉秀雄 20・7・12 ハルマヘラ島 戦死

高下八三 14・8・28 満蒙国境 戦死

斎藤弥七郎 戦死

柴田源蔵 20・7・17 レイテ島 戦死

柴田善 20・8・3 戦死

鈴木明治 13・11・11 戦病死

大門正信 13・10・25 漢口 戦傷死

高森信夫 20・3 比島 戦死

谷次男 20・4・1 ボルネオ 戦死

中条政信 13・12・13 江蘇省 戦死

堂前吉一郎 13・8・30 中支 戦死

冨田裕夫 20・2・26 マニラ付近 戦死

寺倉義範 18・2・21 湖北省 戦死

名護屋良輔 20・7・5 ルソン島 戦死

中河原定吉 19・11・16 レイテ島 戦死

中根秀一 19・12・4 支那 戦死

長門芳夫 19・2・6 安東省 戦死

西田善之助 20・3・25 戦死

橋本宇一 12・11・27 北支 戦傷死

彦坂美治 19・3・1 台湾沖 戦死

福西武夫 19・2・16 ニューギニア 戦死

枡田正次郎 20・4・24 比島 戦死

松山経三 19・1・11 戦死

三原清 14・9・16 中支 戦死

守谷照美 20・7・19 戦病死

山手正明 13・5・20 江蘇省 戦死

湯浅紀美男 15・4・7 京都陸軍病院 戦病死

横場孝介 17・2・1 戦死

渡辺和夫 20・1・25 ビアク島 戦死

渡辺幸三 19・7・18 戦死

渡辺治雄 14・12・23 湖北省 戦死

高等師範部国語漢文科

井本孝 13・9・26 中支 戦死

斎藤正道 20・11・4 戦死

松本保 13・11・6 安徽省 戦死

高等師範部英語科

相磯嘉雄 20・4・1 東支那海 遭難

崎村作松 19・11・4 スマトラ 戦病死

千代登 20・4・9 ルソン島 戦死

力石茂 19・9・21 戦死

弘田正夫 17・10・25 戦死

専門学校政治経済科

清水清 14・9・29 河北省 戦死

西井政男 20・8・13 満州 戦死

専門学校法律科

金木正夫 21・1・3 漢口 戦病死

専門学校商科

荒野健常 12・8・21 張家口付近 戦死

内田正三 13・9・27 支那 戦死

山本和男 18・8・21 戦死

山本達 15・1・13 戦病死

 昭和一二年三月卒業

政治経済学部

阿江一友 14・8・23 ノモンハン 戦死

赤尾得男 19・12・9 南方 戦死

秋田勇太郎 20・1・8 東支那海 戦死

石沢五男 20・7・1 戦死

岩尾久弥 19 戦死

岩崎孝介 19・11・3 ビルマ 戦死

宇沢孝雄 21・1・15 ソビエト 戦病死

小原信次(昭九専商卒) 19・10・3 ビルマ 戦死

大谷正彦 19・12・2 戦死

久郷義道(昭八専政卒) 20・3・1 ビルマ 戦死

黒沢憲 20・4・6 ニューギニア 戦死

添田敏雄 19・12・20 ビルマ 戦死

田代建三 戦死

田中武夫 15・8・27 山東省 戦死

田村与志男 19・10・26 比島 戦死

高橋元紀 24・4 沖縄 戦死

東条利一郎(昭九専商卒) 21・5・25 ビルマ 戦死

中沢静雄 20・10・19 戦死

長野正久 15・10・25 漢口 戦病死

二宮義法 19・9・29 中支 戦死

西沢篁(昭九専商卒) 20・8・14 興安南省 戦死

半沢宗重 戦病死

丸山幸生 19・9・4 戦死

丸山誠 20・5・29 ルソン島 戦死

三井薫 20・11・6 戦病死

山添健一 20・4・30 テニアン島 戦死

横山増男 20・2・19 ニューギニア 戦死

渡辺駿 19・6・13 ニューギニア 戦死

法学部

安達不二男 15・5・18 湖北省 戦死

石井陸右衛門 19 戦死

岩永静夫 13・10・14 湖北省 戦死

大屋亨 20・7 比島 戦死

岡崎彦弥 17・2・23 戦病死

岡田権一郎 20・4・11 戦病死

奥(旧姓松田)正一 18・11・26 東京第一陸軍病院

風見良之進 20・4・29 支那 戦死

小林虎衛 19 マニラ 戦死

沢井高男 17・11・19 戦病死

棚田光春 19・11・17 戦死

外山弘 14・9・8 ノモンハン 戦死

中路政勝 19・10・29 ビルマ 戦死

中瀬亨 20・9・25 ミンダナオ島 戦死

中見修 20 戦死

野崎(旧姓佐久間)三雄 19・5・5 沖縄 戦死

広瀬惟誉 20・11・20 牡丹江陸軍病院 戦病死

前東正雄 19・10・20 レイテ島 戦死

森清 20・11・22 ソビエト 戦死

文学部

浅井正生 17・4・29 比島 戦死

荻野正一 20・1・15 メレヨン島 戦死

川添照夫 20・3・12 ミンダナオ島沖 戦死

久保正雄 14・8・30 ノモンハン 戦死

小泉正雄 19・6・10 湖南省 戦死

五本木光男 20・2・15 戦死

鴻池幸武 20・4 戦死

土堂千代松 19・5・31 アドミラルティ諸島 戦死

豊福隆之 14・9・15 湖南省 戦死

根来茂明 20・6・20 戦病死

東田恭司 18・10・22 台湾沖 戦死

前原弾勒 20・1・20 ルソン島 戦死

渡辺正守 20・9 ルソン島 戦死

商学部

跡見光雄 20・6・18 戦死

五十嵐晃佐 19・6・11 戦死

大越康弘 19・4・27 ニューギニア 戦死

奥田正三 19・5・9 戦死

加藤正治 19・12・18 金沢陸軍病院

上園輝雄 20・8・13 満州 戦死

川島一郎 13・8・25 山東省 戦死

川村喜三 20・3・17 戦死

小林孝吉 19・5・22 戦死

狐塚泰明 17・5・8 戦死

西郷邦彦 13・7・10 北京付近 戦死

清水正治 16・3・21 江蘇省 戦死

須藤安夫(昭九専政卒) 13・9・4 北京 戦傷死

鈴木務正(昭九専商卒) 20・7・20 ハルマヘラ島 戦死

外崎洋志一 16・12・26 北支 戦病死

竹原(旧姓小寺)寿夫 22・7・30 シベリア 戦病死

玉井忠郎 15・4・24 支那 戦死

鶴崎俊篤 戦死

中島啓四郎 19・5・10 ニューギニア 戦死

二宮正明 20・5・13 戦死

野口静雄 20・3・9 ルソン島 戦死

長谷川義美 20・6 ビルマ 戦死

原正雄 13・10・1 江西省 戦死

馬淵西介 19・6・7 雲南省 戦死

前田倍三 18・8・3 戦死

前田元義 14・7・10 河南省 戦死

松岡吉夫 19・11・29 ルソン島 戦死

松崎安都太 19 戦死

丸山茂雄 21 戦病死

村上哲二 14・8・23 ノモンハン 戦死

本橋勉 19・12・30 北海道 戦死

山田冬三 19・10・18 マニラ沖 戦死

山中芳之助 19・2・28 南西太平洋 戦死

吉野宣昭 15・7・30 支那 戦病死

若林秀治 20・6・20 ビルマ 戦死

若山滝美 16・9・29 浙江省 戦病死

理工学部

井口秀夫 14・6・18 大阪大学病院 戦病死

大久保美夫 19・7・3 戦死

金沢一雄 20・7・1 ビルマ 戦死

下地恵 20・8・10 ルソン島 戦病死

田丸正 20・8 戦病死

谷口正久 19・8・31 雲南省 戦死

鳥川正夫 13・9・21 中支 戦病死

藤野良雄 20・5・25 戦災死

諸岡新一 19・7・7 サイパン島 戦死

専門部政治経済科

家長誠司 20・7・10 戦死

小沢新一郎 22・8 ソビエト 戦病死

大石敬一 19・5・29 インド 戦死

大淵竜夫 20・6・15 ルソン島 戦死

貝塚克忠 20・5・24 戦死

片桐嘉言 20・6・25 ルソン島 戦死

亀川昌悟 19・8・7 山西省 戦死

川上英 14・12・20 中支 戦病死

紀伊道之 19・12・8 雲南省 戦死

小出正次 19・3 ビルマ 戦死

近藤有作 20・1・17 ルソン島 戦死

近藤行三 20・3・2 ビルマ 戦死

佐藤繁 19・12・19 戦病死

佐藤正人 21・4・10 国立久里浜病院 戦病死

島崎実 14・7・16 興安北省 戦死

清水正三 20・8・1 戦病死

高橋俊郎 18・3・3 ダンピール海峡 戦死

高畑宗弘 14・9・28 河北省 戦死

寺戸正典 14・3・30 江蘇省 戦病死

長坂泰男 14・4・6 中支 戦死

鍋山貞敏 21・2・14 シベリア

西村道正 19・1・2 戦死

林緑 16・4・10 北支 戦死

樋口三男 14・12・28 岡山陸軍病院 戦病死

平山清一 15・4・29 山西省 戦死

福田佐太郎 19・5・20 ニューギニア 戦死

堀内新三 20・8・14 黒河省 戦死

増沢彦次 20・5・7 マニラ 戦死

松倉明 15・7・22 湖北省 戦病死

宮川育男 13・12・8 湖北省 戦傷死

山下幸重 19・11・4 北支 戦死

山田健雄 13・5・25 江蘇省 戦死

山羽哲 18・8・14 ビスマルク諸島 戦病死

山本良一 19・2・17 戦死

渡辺寅太郎 18・2・2 戦死

専門部法律科

稲永稔 19 ビルマ 戦死

小川士気旺 13・9・27 支那 戦死

緒方勇喜 20・3・17 レイテ島 戦死

笠原定三 20・4・8 ボルネオ 戦病死

岸岩男 19・11・12 戦死

鈴木八郎 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

田崎貞雄 19・9・12 雲南省 戦死

高木宣夫 16・12・29 比島 戦死

堂山保弘 19・5・23 戦死

納屋政年 19・4・19 ビルマ 戦死

内藤常雄 20・2・13 比島 戦死

中山保雄 20・8・13 牡丹江省 戦死

永田喜久夫 20・4・11 戦死

萩尾等 18・2・5 戦死

平野謹弥 13・7・12 牡丹江省 戦病死

本間敬三 15・5・21 山西省 戦死

水田豊 13・10・31 漢口 戦死

吉田庄蔵 20・3・28 ルソン島 戦死

渡辺利松 19・1・16 沖縄 戦死

専門部商科

浅枝弘 20・8・6 広島 原爆

綾部幸孝 戦死

有賀太郎 20・8・14 朝鮮 戦死

有村厚 20・4・15 ルソン島 戦死

井土典男 20・4・25 ボルネオ 戦死

伊藤豊彦 20・7・14 戦死

伊原真二 18・5・29 アッツ島 戦死

池田正司 17・9 戦死

石井末男 20 シベリア

石黒康三 ニューギニア 戦死

石原勝治 湖北省 戦死

岩崎麟太郎 20・1・28 戦死

植田一男 21・1・10 ソビエト

牛丸敏雄 13・10・11 湖北省 戦死

梅崎敬己 19・7・10 ニューギニア 戦死

小野寺三郎 16・10・3 河南省 戦死

小尾光雄 20・5・19 沖縄 戦死

小保方元吉 19・10・15 戦死

大野正次 19・4・29 ルソン島 戦死

大野光 20・4・4 ルソン島 戦死

大場一良 戦死

太田省三 20・2 ビルマ 戦死

岡本政治郎 20・8・12 比島 戦死

加藤恒夫 19・11・5 ニューギニア 戦死

柿沼平八郎 13・11・27 中支 戦病死

柏原博 15・4・18 戦死

鏑木正義 19 ビルマ 戦死

河合一夫 20・3・20 ホロ島 戦死

木下誠一郎 18・8・22 ニューギニア 戦死

楠山藤正 14・4・18 湖北省 戦病死

熊谷栄一郎 20・9・2 台湾 戦病死

倉田孫衛 20・6・26 沖縄 戦死

桐生範男 20・7・26 ルソン島 戦病死

小林民治 20・9・11 ハルピン 戦病死

小久保俊哉 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

小須田亟吉 18・7・18 ニューブリテン島 戦病死

後藤敏雄 19・8・5 ビルマ 戦死

神津宗章 20・1 戦死

近藤寿一 14・12・27 広西省 戦傷死

佐伯隆治 21・2・13 満州 戦病死

斉藤正 20・7・15 戦死

潮上大三 20・5・15 比島 戦死

下川(旧姓村井)種仁 22・7・26 戦病死

瀬木善勝 20・7・21 ミンダナオ島 戦死

田沢新之助 20 硫黄島 戦死

田丸政人 20・1・25 ルソン島 戦死

高木一 15・5・17 湖北省 戦死

高橋真太郎 戦死

高村友吉 メレヨン島 戦死

対木康夫 15・9・4 支那 戦病死

中島松太郎 戦死

長沼貞治 20・2・27 戦死

西沢鉄男 戦死

西堀清吉 沖縄 戦死

野々瀬信寿 20・4・19 戦死

橋本森之助(旧姓名中森昌郎) 19・11・17 台湾東方海面 戦死

長谷川利典 14・11・3 北支 戦死

長谷川三男 20 戦死

飯田俊章 14・7・2 小倉陸軍病院 戦病死

日比周 19・7・3 戦死

広岡干城 20・6・18 ビルマ 戦病死

二見千秋 20・3・8 戦死

三井一郎 20・5・27 戦死

三浦時雄 20・1・27 山東省 戦死

三浦律三 20・2・24 コレヒドール島 戦死

宮内達男 14・12・15 支那 戦病死

村杉範 13・12・4 上海兵站病院 戦病死

森正幸 19・3・23 東支那海 戦死

安本五郎 20・1・12 ルソン島 戦死

藪内達三 19・7・7 戦死

渡辺素六 20・6・19 沖縄 戦死

渡辺一彦 15・6・23 北支 戦病死

高等師範部国語漢文科

碓井盛三郎 20・7・5 支那 戦死

古森武夫 19・10・15 ビルマ 戦死

早川八郎 16・8・7 傷痍軍人岡山療養所 戦病死

山形寿男 20・10・23 漢口 戦傷死

山川泰雄 19・5・4 戦死

高等師範部英語科

井村勇 20・4・29 比島 戦死

芝崎正樹 15・1・23 広西省 戦死

杉本仙太郎 19・4・19 戦死

専門学校政治経済科

鎌江三蔵 20・2・28 マニラ 戦死

高橋四郎治 20・10・5 戦病死

中村昇平 20・3・17 硫黄島 戦死

原田二三 19・8・21 南支那海 戦死

前田実 19・10・28 中支 戦病死

専門学校商科

木村巌 20・3・1 三宅島沖 戦死

小篠兼五郎 14・4・29 江西省 戦死

鹿野清 14・3・20 江西省 戦死

菅谷勇夫 14・8・24 ノモンハン 戦死

冨重満雄 19・2・8 戦死

平出広光 19・11・20 ニューブリテン島 戦死

御牧忠蔵 16・10・14 戦病死

 昭和一三年三月卒業

政治経済学部

井上彦三郎 19・4・9 北支 戦死

飯田(旧姓今井)信一 19・12・30 戦病死

内田忠八 20・11・11 小川海軍病院 戦病死

梅田健三(昭九法卒) 20・7・1 比島 戦死

占部虎生 20・1・10 セブ島 戦死

小川義直 18・1・18 戦死

大田黒鉄郎 20・3・14 比島 戦死

柏戸福夫 20・6・28 沖縄 戦死

木村義朗(昭一〇専政卒) 16・10・7 上海 戦病死

黒川良男 20・7・10 ルソン島 戦死

黒坂慶太郎 19・8・9 支那 戦病死

小林工(昭一〇専政卒) 20・8・7 ミンダナオ島 戦死

小松耕三(昭一〇専政卒) 19 ガダルカナル島 戦死

小柳政一 20・5・16 戦死

近藤義一 19・11・2 戦病死

斎藤秀太郎 20・4・29 戦死

坂本(旧姓樫谷)政次 19・6 沖縄 戦死

佐藤毅 戦死

志村敏太郎 19・7・18 中部太平洋 戦死

篠尾文夫 17 戦死

清水惟美 19・8・29 セレベス沖 戦死

下田剛雄 21・7・10 延吉 戦病死

高森万里 15・10・19 中支 戦病死

中岡工 14・10・16 山西省 戦死

中沢肇 19・8・19 バシー海峡 戦死

中村正四郎 20・4・8 戦死

西木正蔵 18・4・10 中支 戦死

西谷義太郎 15・1・24 広西省 戦死

西山勇 18・4・3 戦病死

野本順一 戦死

野本三男 20・6 戦死

長谷川淑郎 18・11・13 北支 戦死

古沢洋一 19・12 戦死

松平親恭 20・3・10 戦死

安田敬美 18・1・22 ガダルカナル島 戦死

山田善三郎 20・7・12 戦死

吉元外喜治 20・5・2 湖南省 戦死

法学部

有光三郎 17 ニューギニア 戦死

井上巌 18・1・12 戦死

石垣誠善 18・1・16 ラバウル 戦死

市川三郎左衛門 20 ビルマ 戦死

今村孝雄 19・12 レイテ島 戦死

永楽桂太郎(昭一〇専商卒) 16・1・30 山西省 戦死

大島清一郎 15・12・2 高雄陸軍病院 戦傷死

大西彰 19・5・5 南方 戦死

金本(旧姓河野)博 15・9・27 中支 戦死

川越勇 18・6・30 戦病死

佐藤文雄 20・2・6 戦死

坂本満 14・12・20 広東付近 戦死

清水欽一郎 19・9・17 ビルマ 戦病死

田辺安忠 20・4・23 ルソン島 戦死

中村正義 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

二宮章 19・12・19 南太平洋 戦死

新実政和 20・7・16 戦死

花里礼記 20 戦死

松尾正雄 戦死

宮腰雄之助 20・8・2 マニラ付近 戦死

文学部

市橋璞 19・9 比島沖 戦死

金沢正治 20・12・2 シベリア 戦病死

川合猛 20・2・28 マニラ 戦死

金原達吉 戦死

志田元亮 18・1・16 ニューギニア 戦死

園田豊 16・10・11 戦死

高井浩 19・8・4 ビルマ 戦死

中村英武 14・7・3 ノモンハン 戦死

速水孝 戦死

彦坂敏之(昭一〇高師卒) 南方 戦死

深尾重正 20・6・23 戦病死

増本和彦 19・6・19 戦病死

三宅正一 戦死

山本隆 20・8・15 ソ満国境 戦死

商学部

足達彰次郎 17・12・5 戦死

居川儔二(昭一〇専商卒) 17・5・6 戦死

池田六郎(昭一〇専政卒) 17・9・12 戦死

池羽俊夫 20・4・7 マニラ 戦死

石井益雄 19・12 戦死

石沢清弘 20・6・25 比島 戦死

上西一 ビルマ 戦死

大沢忠彦 19・4・22 ニューギニア 戦死

大山芳夫 19・9・30 ビルマ 戦病死

太田哲治 18・1・15 ガダルカナル島 戦死

岡田保隆 20・3・17 レイテ島 戦死

岡本善蔵 19・7・4 戦死

落合通男 20・3・17 戦死

加藤克夫 20・6・20 戦死

加藤義夫 ニューギニア 戦死

金平毅 20・8・14 ミンダナオ島 戦死

川村博太郎 戦死

木崎康雄 20 戦死

熊井文吾 19・9・18 ニューギニア 戦死

小塚繁 17・5・7 戦死

佐藤正 19 戦死

崎野実 20・3・15 戦死

笹木義親 16・1・12 広東省 戦死

沢田茂助(昭一〇専政卒) 20・2・14 ミンドロ島 戦病死

沢田勤 20・8・21 広島 原爆

芝野栄二 16・12・23 戦死

島川健次郎 20・3・17 硫黄島 戦死

島田陸二 20・1・11 湖南省 戦死

清水三郎 21・5・20 比島 戦死

鈴木文雄 19・10・2 戦死

多田礼爾 南方 戦死

田中太郎 19・12・15 湖南省 戦病死

高橋正 17・12・15 マレー 戦死

谷島敏夫 18・5・8 戦死

辻嘉寿夫(昭一〇専商卒) 17・1・3 湖南省 戦死

円谷武雄(昭一〇専商卒) 17・12・17 ガダルカナル島 戦死

中瀬寛雄 20 沖縄 戦死

中村三郎 20・5・25 南西諸島 戦死

永岡悦太郎 16・10・3 戦死

長崎(旧姓岡崎)裕雄 18・5・29 アッツ島 戦死

西本修 20・6 戦死

塙恵之助 18・1・6 戦死

原口茂行 20・7・5 ルソン島 戦死

原田典造 22・1・18 イルクーツク州バタルハイカ 戦病死

松岡憲郎 21・11・9 ラングーン 戦死

松本敏夫(昭一〇専商卒) 20・6・25 比島 戦死

満留勉 20・4 沖縄 戦死

三好義夫 19・7・9 南支 戦死

望月保男 20・5・19 戦死

森山崇 17・4・20 ビルマ 戦死

横田正雄 20・1・28 ソロモン諸島 戦死

若林素夫 19・8・1 ニューギニア 戦死

理工学部

江畑正夫 20・8・13 ソ満国境 戦死

小野和雄 18・10・8 戦死

中津親一郎 20・10・24 クロレス島 戦病死

宮沢由彦 19・12・9 ビアク島 戦死

渡辺藤吉郎 14・12・26 東京陸軍病院 戦病死

専門部政治経済科

秋本嘉三郎 20・4・10 ビルマ 戦死

足立定夫 16・9・25 広島陸軍病院 戦病死

井村辰英 19 戦死

石井弘 19・12 戦死

上杉(旧姓河合)文雄 20・7・30 ボルネオ 戦死

大熊四郎 20・5・12 戦死

勝俣長吉 戦死

河合安治郎 20・5 比島 戦死

河村大四郎 20・8・6 広島第一陸軍病院 戦死(原爆)

古家野(旧姓古武)考理 17・4・22 北支 戦死

佐久間暲 20・3・17 硫黄島 戦死

斎藤総男 19・12・31 ペリリュー島 戦死

恒川秀次 20 ビルマ 戦死

鶴野正勝 20・9 戦死

豊島真 ニューギニア 戦死

西川弘 20・7・19 ルソン島 戦死

根本五一 19・11・11 戦死

長谷川六郎 18 ガダルカナル島 戦死

藤井善平 20・2・26 山西省 戦病死

松原光次 戦死

矢野政由 16・3・18 山西省 戦死

山田正明 20・1・30 比島 戦死

吉井清 20・5・9 ビルマ 戦死

湧井静雄 17・1・10 戦病死

専門部法律科

青山勝 19・1・30 パラオ諸島東方海面 戦死

今崎政太 19・9・26 雲南省 戦死

内島立二 18・11・6 戦病死

内田俊男 19・10・31 ニューギニア 戦死

遠藤忠清 18・1・28 ガダルカナル島 戦病死

小黒宗夫(旧姓名野村良宗) 19・12・6 レイテ島 戦死

川本幸夫 20・1・3 仏印 戦死

小林端 20・4・21 ルソン島 戦死

佐藤昊 14・2・21 戦病死

白石徳郎 戦死

高田捨三 19・11・20 ミンダナオ島 戦死

谷村圭蔵 20・11・14 牡丹江第二陸軍病院

中島昇 19・9・15 ルソン島 戦病死

能登哲雄 19・2・29 ウェーク島 戦死

馬場俊介 20・2・16 比島 戦死

浜田狂助 15・12・15 湖南省 戦死

文野行雄 19・6・30 ニューギニア 戦死

水戸川昇 16・9・2 ニューギニア 戦死

宮角辰雄 18・2・1 戦病死

宮本(旧姓佐藤)孝行 19・8・18 比島方面 戦死

村井宗四郎 17・1・9 支那 戦死

森田里美 戦死

山田大六 14・8・31 ノモンハン付近 戦死

専門部商科

赤松正義 20・2・5 ビルマ 戦死

井上進 19・9・20 戦死

井沢覚 18・11・13 ビルマ 戦死

伊佐一郎 戦死

伊藤義正 18・1・21 ガダルカナル島 戦死

飯豊直矢 20・5・20 比島 戦死

磯沼政太郎 16・3・4 戦病死

磯部務 20・3・17 戦死

市瀬敬七 20・10・12 戦病死

内田豊 20・11・20 ボルネオ 戦病死

江川健次 20・5・28 沖縄 戦死

海老名正治 20・5・20 戦死

遠藤修 19・2・17 トラック島 戦死

小野里竜一 20・3・17 硫黄島 戦死

岡本茂夫 17・1・15 戦死

沖田日出郎 15・2・20 大阪陸軍病院 戦病死

加治三郎 15・8・15 戦病死

笠原正良 19・3・16 北方 戦死

喜多栄 20・12・27 満州 戦死

北村富士三 15・4・22 牡丹江省 戦病死

栗原六郎 15・10・21 北支 戦死

佐々木辰丙 19・5・25 ニューギニア 戦死

佐藤二郎 21 上海 戦病死

崎本博明 19・6・30 ニューギニア 戦死

柴田弥十郎 上海 戦死

杉本良三 20・3・8 タイ 戦死

杉山重之 17・7・21 戦病死

田中武一 20・1・24 ビルマ 戦死

多治見国信 19・9・15 戦死

武本清己 ルソン島 戦死

立松亮治 19・5 戦死

棚橋忠雄 20・5・14 比島 戦死

戸田竜吉 18・4・29 支那 戦死

中島政夫 19 南方 戦死

中西清 20 福知山 戦病死

中林嘉澄 20・8・14 支那 戦死

中村五郎 14・8・27 興安北省 戦死

成富武臣 20・8・30 牡丹江 戦死

丹羽正典 20・4・26 戦死

野村泰治郎 戦病死

畑野周平 20・7・1 レイテ島 戦死

浜田広美 17・12・8 戦死

浜田嘉雄 19・3・10 ブーゲンビル島 戦死

林孝蔵 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

針生順吉 17・11・2 ガダルカナル島 戦死

平松猛 20・3・10 戦死

藤沢秀郎 20・7・15 レイテ島 戦死

三ケ尻邦介 14・8・27 上海陸軍病院 戦傷死

三宅茂正 20・1・28 ビルマ 戦死

三輪勤 18・12・13 戦死

村瀬正夫 17・12・11 ガダルカナル島 戦死

村林益男 20・3・2 戦死

安井武平 20・8・24 パラオ諸島 戦死

保浦利夫 20・7・4 横須賀陸軍病院 戦病死

山口周甫 15・1・6 河北省 戦死

山田統三 19・7・1 ニューギニア 戦死

横山隆次 15・11・26 中支 戦死

吉川寅治 18・7・10 戦病死

和田秀夫 19・4・27 戦死

脇田正臣 19 ビルマ 戦死

高等師範部国語漢文科

石川実 戦死

大塚正男 20・8・13 満州 戦死

金岡弘吉 22・10・24 ソビエト

高等師範部英語科

小林茂治 21・4 上海 戦病死

平柳重雄 19 戦死

松本有史 20・8・12 千島列島 戦死

専門学校政治経済科

岩橋正雄 19・7・3 黄海方面 戦死

加藤照男 20・4・29 比島 戦死

久米莞爾郎 20・8・18 マレー 戦死

辻隆信 20・9・23 満州 戦病死

専門学校商科

柿島政平 21 戦病死

下条一美 19・12・6 レイテ島 戦死

福島信司 20・7・30 ルソン島 戦死

 昭和一四年三月卒業

政治経済学部

伊藤貫一 20・6・28 戦死

石井千秋 19・12・20 グアム島 戦死

磯野清 戦死

入江弘治 19・6・28 戦死

臼井義孝(昭一一専政卒) 16・1・5 上海陸軍病院 戦病死

香椎宗太郎 19・8・14 ニューギニア 戦死

片桐政信 19・9・17 ビルマ 戦病死

片田豊美 21・9 ソビエト 戦病死

川辺三男 ビルマ 戦死

川村俊助 17・2・17 山西省 戦死

木村芳男 20・4・1 東支那海 戦死

久世武 19・7・6 戦死

窪寺芳幸 18・3・10 戦死

小林力 21・6・1 ソビエト 戦死

古賀謙吉 20・3・13 ルソン島 戦死

肥塚文雄 20・8・10 比島 戦死

越井庄二朗 20・5・1 ビルマ 戦死

近藤千勝(昭一一専政卒) 19・12・6 比島沖 戦死

清水良雄 20・5・10 沖縄 戦死

須賀信男 20・9・11 戦死

須藤哲太郎 ニューギニア 戦死

鈴木友居 17・10・25 戦死

善塔章夫 20・6・9 ミンダナオ島 戦死

高木真 20・9・4 支那 戦病死

滝沢正夫 16・5・12 戦病死

寺田良蔵 19・7・18 サイパン島 戦死

外村俊郎 20・2・21 戦死

鳥合正(昭一一専政卒) サイパン島 戦死

永井明雄 21・7・11 復員船中

中島信郎 20・6・5 マニラ 戦死

深田邦男 20 戦死

法師山三男 20・7・1 ルソン島 戦死

松尾茂樹 20・9・8 長崎 原爆

松岡漢一 19・1・20 戦死

向井喜也 19・9・5 戦死

森井権三郎 16・10・23 戦死

保田美二 コレヒドール島 戦死

吉田佐 19・10・8 台湾方面 戦死

吉山憲造 23・9・1 戦病死

法学部

浅野良夫 戦死

荒川賢次 18 戦病死

鵜飼隆之 20・1・7 台湾 戦病死

小沢保夫 20・6・28 中支 戦死

大住恵七郎 18・4・14 北支 戦死

大塚秀範 19・11 レイテ島 戦死

大本昌彦 19・9・3 ウエーク島 戦死

加々美(旧姓鈴木)一男 戦死

加藤勲 19・8・25 戦死

掛川欣吾 18・7・9 戦病死

勝井中三 20・2・26 マニラ 戦死

金敬二 17・11・20 比島 戦死

金田豊実 20・6・20 戦死

上西新 17・1・13 戦死

木下得三 19・11・20 レイテ島 戦死

小出竜男 20・6・5 レイテ島 戦死

谷口衛 15・7・26 戦病死

中島昇 19・11・2 雲南省 戦死

原田実 19・11・17 戦死

藤代良 18・9・27 戦死

三浦寿 20・2・15 比島 戦死

文学部

小川富也 戦死

大宮守誠 19・4 比島 戦死

香川泰通 28・9・3 ソビエト

葛西敏夫 18・2・6 ニューギニア 戦死

更家諄一 19・11・20 ニューギニア 戦死

渋谷昇 19・10・31 戦死

須藤忠治 19 ニューギニア 戦死

高畑是行 18・1・15 戦病死

野中義正 20・1・11 ニューギニア 戦死

平田修郎 戦死

福田圭一 19・10・26 小笠原諸島付近 戦死

本間淳三郎 戦死

三輪一之 20・3・30 戦死

水島鋼太郎 19・8・10 戦死

南平太郎 20・4・19 戦死

宮崎寿夫 20・5・11 戦死

村上三好 20・1・5 ジャワ沖 戦死

山下清種 18・9・30 カロリン諸島 戦死

吉川正治 19・1・7 アッツ島 戦死

商学部

阿部良男 19・11・10 レイテ島 戦死

井上次郎 20・12・22 支那 戦病死

伊藤秀明 20・7・4 ミンダナオ島 戦死

伊東正太郎 20・7・30 戦病死

石井(旧姓城谷)典男 19 戦死

一戸錦一 19・7・29 北支 戦死

上田三郎 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

臼井孝 15・12・12 北支 戦病死

小野崎勲男 15・12・30 戦病死

奥田農夫男 16・4・21 東安省 戦病死

加藤広 ニューギニア 戦死

加納謙二 20・12・4 ニューギニア 戦病死

勝川良蔵 19 南方 戦死

川口浩 20・7・24 ラバウル 戦死

小泉孝一(昭一一専商卒) 17・10・26 南方 戦死

小佐野又亮 19・8・26 南方 戦死

小谷房市 21・3・15 ソビエト 戦病死

小林健造 19・5・10 南方 戦病死

小林請司 20・5・18 戦死

笹尾良治 20・11・5 戦病死

柴田淑彦 20・7・15 レイテ島 戦死

新政一 19・8・3 ビルマ 戦死

菅谷徹 19・5・5 戦死

田川二夫 15・12・27 戦病死

田口章 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

田中一男 20・3 ニューギニア 戦死

田中秀二郎 19・10・24 ビルマ 戦死

多田修 20・3・9 戦死

蓼沼勝三 16・5・9 山西省 戦死

都築利彦(昭一一専商卒) 20・2・26 戦死

土屋祝 戦病死

富田作楽 20・8 戦死

中島敏矩 19・2・17 南方海上 戦死

西島達雄 15・10・24 江蘇省 戦病死

日暮栄三郎 20・3・17 硫黄島 戦死

永見達明(昭一一専商卒) 戦死

平井英路 20・3・15 牡丹江省 戦病死

福田秀雄 20・4・6 サペ海 戦死

前田俊 20・3・17 硫黄島 戦死

南成昌 20・5 戦死

南正徳 20・4・29 硫黄島 戦死

宮沢義勝 19・12・9 レイテ島リモン山南方 戦死

八木高一 19・3・14 ニューギニア 戦死

矢野義輝 18・9・15 ニューギニア 戦死

谷内哲二 19・8・4 ラバウル 戦死

柳田辰猪 19・9・10 ビアク島 戦死

油井猛 21・3・10 戦病死

吉川正男 19・11・23 武昌陸軍病院 戦病死

吉田立身 戦死

吉松信義 17・2・3 戦死

和田正男 戦病死

理工学部

石本経治 19・9・11 戦病死

市川武久 20・3・29 比島 戦死

入江正雄 20・3・17 硫黄島 戦死

近江忠 19・1・12 戦死

岡章雄 20・9・1 戦死

木村直 戦死

久保田健 20・6・20 戦死

佐々木範行 19・3・18 南支那海 戦死

谷利徳郎 17・2・5 戦死

津田進 19・12・7 ボルネオ 戦死

永島英一 17・11・15 戦病死

橋本恵次 19・4・22 ニューギニア 戦死

保科仁一 21・2・3 シベリア 戦病死

保積寛 20・3・3 レイテ島 戦死

松永正一 15・7・25 名古屋陸軍病院 戦病死

森末正俊 19・7・17 戦死

専門部政治経済科

赤木安之 19・2・14 戦死

井上剛 20・4・28 ルソン島 戦死

井上素行 18・4・17 ニューギニア 戦病死

飯田良夫 19・7・29 支那 戦死

宇佐美輝一 19・9・20 湖南省 戦死

浦田胖 15・12・6 北支 戦病死

江橋長 20・6・25 ネグロス島 戦死

岡井育郎 20・6・13 沖縄 戦死

加納錬一 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

国枝秀男 20・7・21 ミンダナオ島 戦死

小見山保 19・10・27 戦死

佐藤美男 16・12・7 戦病死

榊忠勝 20・7・14 戦死

菅野政巳 20・11・3 大村陸軍病院 戦病死

高橋勝見 20・8・25 牡丹江省 戦死

竹内真富 17・5・26 戦死

立花重就 20・5・23 戦死

土岐栄一 サイパン島 戦死

富永巳年生 20・1・27 戦死

中川原春雄 20・6・30 レイテ島 戦死

中田俊一 17・11・24 戦死

原儀一 20・4 比島 戦死

逸見道雄 19・7・18 戦死

馬淵光夫 16・5・'12 戦死

武藤克己 20・6・20 沖縄 戦死

山崎岩雄 18・3・2 戦死

山崎俊康 18・1・20 ニューギニア 戦死

吉田善明 19・7・12 ビルマ 戦死

吉野武夫 20・7・3 レイテ島 戦死

渡辺四郎 19・4・26 ダバオ 戦死

専門部法律科

飯淵正 19・12・23 パレンバン 戦死

市瀬健介 19・7・18 サイパン島 戦死

烏田(旧姓堀本)正博 19・2・24 ニューブリテン島 戦死

植西二郎 19・9・30 マリアナ諸島 戦死

小田嗣郎 20・7・25 ルソン島 戦死

黒木繁 20・4・17 戦死

佐々木達三 20・1・15 ルソン島 戦死

鈴木友次郎 17・10・5 ガダルカナル島 戦死

仙石威夫 18・8・30 北支 戦死

高橋慶次 19・11・4 ビルマ 戦死

橘高俊 19・8・30 ビルマ 戦病死

谷川為信 20・3・13 ビルマ 戦死

中野甚太郎 20・7・26 ルソン島 戦死

橋元幸夫 20・6・7 ルソン島 戦死

原田(旧姓岩永)信英 20・4・19 ホロ島 戦死

藤沢実 18・4・9 戦病死

双川歳六郎 20・4・30 戦死

南川英一 19・12・25 戦死

湧井亨 21・1・10 ソビエト

専門部商科

安達正美 19・5・5 ニューギニア 戦死

青柳太郎 20・1・17 湖南省 戦死

赤沢博 17・11・9 戦死

淡野広 19・7・31 ビルマ 戦死

井上実 17・12・10 戦病死

市野栄 19・7 ビルマ 戦死

伊藤福太郎 19・8・19 バシー海峡 戦死

稲葉英治 19・12・22 戦死

今井理 19・11・11 戦病死

上田繁次 19・7・13 バブヤン海峡 戦死

遠藤八三郎 17・10・22 東安陸軍病院 戦病死

小田直次郎 20・8・3 サンギー諸島 戦死

尾崎義次 20・8・22 支那 戦死

大島金吾 19・11・3 戦死

太田堯太郎 19 戦死

岡元弘雄 20・3 比島 戦死

加藤博 ニューギニア 戦死

加村栄一郎 20・3・7 硫黄島 戦死

海辺松雄 戦死

亀田為朝 20・8・6 広島 戦死(原爆)

川部騏六 18・5・19 戦死

栗原計衛 20・7・30 ルソン島 戦死

小柴皓 20・8・20 戦病死

佐藤直助 20・10・12 ミンダナオ島 戦死

佐藤博 20・1・8 戦死

桜井一雄 20・3・19 バターン半島 戦死

実藤順仁 17・10・14 戦病死

更谷一己 20・1・21 戦死

下宮晃 16・5・2 戦死

下宮一郎 20・7・29 横須賀海軍病院 戦病死

田中清 20・4・9 沖縄 戦死

田宮豊吉 16・5・6 戦病死

達田寿男 19・8・10 広東省 戦死

辻豊蔵 18・2・4 戦死

露崎博 19・4・9 ビルマ 戦死

新妻威夫 19 ニューギニア 戦死

野中源由 19・10・18 マニラ 戦死

橋本惇 20・7・4 戦死

平岡重信 20・6・5 沖縄 戦死

藤倉勝安 16・5・11 北支 戦死

本田季男 20・4・18 中支 戦死

真下晃明 20・1・25 ルソン島 戦死

満山敬三 20・2・22 戦死

宮崎憲一 19・8・15 ニューギニア 戦病死

宮本太郎 19・8・19 戦死

森田敏雄 18・4・8 戦病死

森田保利 20・4・2 戦死

八幡孝一 20・1・12 南方 戦死

山岸肇 15・6・19 中支 戦死

山口磨三海 19・8・16 ビルマ 戦死

横田裕 19・2・12 戦病死

吉村喜代治 17・11・6 戦死

渡部正名 22・8・8 戦病死

高等師範部国語漢文科

泉純一 16・7・4 山西省 戦死

神山行童 19・9・3 戦死

沼倉誠一 17・10・24 戦病死

平林大和 18・12・11 戦死

藤岡光朗 20・6 戦死

山田尚忠 19・8・18 戦死

高等師範部英語科

伊藤正徳 19・9・30 マリアナ諸島 戦死

高橋大三 17・7・26 戦死

専門学校政治経済科

小野巌 ビルマ 戦死

斎藤貞 16・6・25 戦死

高谷肇 18 戦死

早馬昇 19・7・24 ビルマ 戦病死

専門学校法律科

岩田文良 19・11・9 中支 戦病死

佐々木省二 20・9・8 戦死

福島清治 20・3・17 硫黄島 戦死

専門学校商科

北村到 20・7・1 戦死

倉持茂 19・8・10 戦死

郡司英雄 16・3・7 湖北省 戦死

塩出勝 18・2・19 ニューギニア 戦死

田中良一 20・6・20 沖縄 戦死

高橋義雄 戦死

長谷川宣芳 20・3・2 ビルマ 戦死

原田善治郎 戦死

檜山広 19・9・27 中支 戦死

渡正 19・12・18 湖北省 戦死

 昭和一四年推選校友

塚越賢爾(大一二工手学校卒) 18・7・7 インド洋 戦死

 昭和一五年三月卒業

政治経済学部

青木英郎 戦死

赤井恒道 16・4・5 満州 戦病死

浅田正憲 20・5・20 沖縄 戦死

新井寛夫 18・1・14 戦死

安斎利雄 18 アンダマン諸島 戦病死

飯田台治 20・7・6 戦死

石井正 17・6・30 中支 戦死

石田太作 戦死

石橋観一郎 18・5・13 ソロモン諸島 戦死

板谷良一 19・11・12 ソロモン諸島 戦死

市川忠澄 20・6・20 ルソン島 戦死

大原正久 18・9・29 上海付近 戦死

太田達雄 18・8・14 戦病死

岡田貴美武 19・5・18 戦死

笠間峻 20・2・26 マニラ 戦死

木津晋一郎 戦病死

木村隆一(昭一二専政卒) 18・3・28 戦死

国弘明 19・5・12 河南省 戦死

栗原竜雄 18・10・12 ニューギニア 戦死

河野豪夫(昭一二専商卒) 20・2・7 ビルマ 戦死

佐久間啓三 19・6・26 インド 戦死

斎藤栄 16・7・31 戦傷死

斎藤治男 17・2・11 戦病死

志賀正一 17・10・9 ラバウル 戦死

清水陽平(昭一二専政卒) 19・11・17 戦死

杉山好男(昭一二専政卒) 21・2 戦病死

竹石多満太(昭一二専商卒) 戦病死

竹内知次 19・3・28 戦死

谷秀男(昭一一専政卒) 21・2・12 シベリア 戦病死

谷口辰三 戦死

千葉正平 20・7・25 戦死

土屋大造 17・5・26 戦死

中村一男 20・8・10 シベリア 戦死

仲田春男 20・7・16 戦死

浜田拓也 18・11・23 台湾沖 戦死

原矩通 20・4 戦災死

原正典 19・9・16 戦死

比護正信 19・8・19 ミンダナオ島 戦死

福島(旧姓久門)竜平 20・1・17 戦死

堀部久光 19・10・1 ビルマ 戦死

三木通夫 20・6・23 戦死

三島哲一 20・6・19 沖縄 戦死

三好善次 19・9・16 グアム島 戦死

水野辰弥 23・7・18 戦死

村上茂 18・1・13 ガダルカナル島 戦死

持田重郎 18・5・7 戦死

山路正典 20・6・12 戦死

法学部

秋山義男 17・7・26 戦病死

天野二郎 20・4・27 ビルマ 戦死

岩本七郎 18・7・3 戦死

江川徳芳(昭一二専法卒) 19・10・7 ニューギニア 戦死

遠藤克彦 18・3・26 戦病死

小野沢正一 16・10・9 殉職

緒方勲(昭一二専法卒) 20・12・21 朝鮮 戦病死

岡内泰 20・5・15 戦死

斎藤利夫(昭一二専法卒) 20・6・6 戦死

田原耕一 20・4・17 ビルマ 戦死

多賀谷源太郎 19・12・31 戦死

多生優(昭一一専商卒) 21・1 戦病死

谷口辰男 19・3・24 ブーゲンビル島 戦死

西川清三 18・7・12 南方洋上 戦死

長谷峻 16・9・17 中支 戦死

早田純之助 19・5・6 戦死

林忠則 戦死

松浦太 18・8・30 牡丹江省 戦病死

山口譲次 戦死

山中不二夫 19・8・13 ビルマ 戦病死

文学部

阿部通円 19・9・8 ニューギニア 戦死

池永恒 18・9・13 ニューギニア 戦死

石川直平 19・8・6 ビルマ 戦死

大串睦夫 20・3・22 ビルマ 戦死

香川篤 17・10・16 ソロモン諸島 戦死

黒川四郎 19・6・29 戦死

鈴木政夫 19・7 戦死

戸部千朗 19・10・18 比島沖 戦死

中川与明 20・8・15 戦死

中沢竜男 20・2・1 戦死

広橋修 18・1・13 戦死

細江貞男 20・3・25 沖縄 戦死

増田了英 20・1 戦死

松村清 19・9・26 ニューギニア 戦死

三浦速之助 20・8・23 吉林省 戦死

若杉森栄児 戦時死亡

商学部

穴水行孝 19・7・21 グアム島 戦死

井川晴雄 19・9・30 グアム島 戦死

井村虎夫(昭一二専商卒) 18・7 戦死

石坂元正 比島 戦死

稲益繁人(昭一二専商卒) 19・12・31 戦死

今藤脩 20・7・1 レイテ島 戦死

岩原好夫 19・9・30 戦死

上野義 19・11・15 東支那海 戦死

内田富士雄 19・9・19 ブーゲンビル島 戦死

遠藤進次 20・5・29 戦死

小川清治 21・1・2 戦病死

男庭光広 16・8・1 東京第一陸軍病院

大下逸郎 18・1・28 ビルマ 戦死

加藤朋次郎 20・7・8 ネグロス島 戦死

唐木満穂 21・3 満州 戦病死

川井文夫 20・9・19 ハルピン 戦病死

木村幸吉 戦死

栗原基一 19・11・21 レイテ島 戦死

小谷啓介 20・5・26 戦死

小林清夫 戦死

佐藤(旧姓三上)鍾蔵 20・3・17 硫黄島 戦死

佐久間喜三郎 20・8 戦病死

新開健児 18・6・15 久留米陸軍病院 戦病死

杉浦尚衛 20・12・16 武昌 戦病死

田辺敬三 20・8・21 安東省 戦死

竹内禄郎 19・10・26 戦死

土屋親一 19・8・26 戦病死

藤堂勝巳 20・7・17 レイテ島 戦死

富部進 18・2・3 ガダルカナル島 戦死

鳥川義夫 20・7・15 ビルマ 戦死

中島信夫 沖縄 戦死

中島良正 17・3・1 戦死

中村友次 21・4・11 ソビエト

永田朗 17・4・6 ルソン島 戦死

西川伊佐夫 18・10・8 戦病死

納富荘次 19・7・8 ビルマ 戦死

芳賀健 18・9・21 ビルマ 戦死

花岡郁美(昭一一専商卒) 18・3・3 ニューギニア 戦死

堀江治人 18・1・16 戦死

前田辰男 19・12・10 レイテ島 戦死

松田裕 18・11・20 中支 戦死

三島資大 17・4・29 ルソン島 戦病死

村田辰四郎 18・4・20 戦死

望月四郎 20・4・30 戦死

百瀬泰 19・10・23 戦病死

八尋潤二 18・10・5 戦死

矢吹重良 19・10・13 戦死

山本勉 サイパン島 戦死

理工学部

伊藤正 戦死

上田光俊 20・6・24 沖縄 戦死

遠藤徳之 20・7・28 ビルマ 戦死

小沼英夫 20・7・4 戦死

奥村福男 19 南方 戦死

清水保雄 20・7・30 戦死

鷹谷忠夫 16・4・17 各務ケ原 殉職

豊田竜夫 19・6・6 満州 戦病死

中村兼二 19・9・12 ビルマ 戦死

南都健三 19・1・22 南方海上 戦死

野崎雅太 戦死

服部功 19・6・5 ニューギニア 戦死

堀勝次 戦死

本領千吉郎 19・4 戦死

宮坂市三 19・5・1 戦死

森田良助(昭一二理工卒) 19・4・26 太平洋 戦死

吉川長太郎 17・1・5 湖南省 戦死

専門部政治経済科

伊東正武 19・12・30 戦死

飯田文吾 20・4 戦死

市川省三 20・6・12 戦死

岩崎広信 20・5・25 ミンダナオ島 戦死

岩永寛 20・1・4 モロタイ島 戦死

岩本米三郎 17・1・18 河南省 戦死

上島国夫 19・3・18 満州 戦死

内田杲 16・6・12 戦病死

小沢幸夫 20・5・25 南西諸島 戦死

大森暁 17・5・8 珊瑚海 戦死

太田垣鶴男 19 インパール 戦死

岡田尚夫 19・8・6 ビルマ 戦死

落合重夫 17・10・15 戦死

笠原久武 20・7・10 ルソン島 戦死

梶田久雄 18・7・6 戦病死

勝川直吉 19 南方 戦死

河田了介 20・8 比島 戦死

久保敞 19・9・28 ニューギニア 戦死

熊川聡晴 16・6・28 南支 戦死

小林忠司 19・7・12 南支那海 戦死

古賀利雄 20・3・7 ルソン島 戦死

佐竹健助 17・12・21 ガダルカナル島 戦死

佐藤喬 19・8・20 ビルマ 戦死

斎藤良一 20・2 沖縄 戦死

坂本辰夫 19・8・21 ビルマ 戦死

田中和儀 19・5・6 南方海上 戦死

高橋竜次 19 戦死

千葉晋之助 19・10・9 広西省 戦死

塚田新平 19・9・23 ニューギニア 戦死

外山幸延 18・6・3 ハイラル 戦病死

東条善一郎 20・5・15 戦死

中島高志 20・7・1 レイテ島 戦死

中山和也 20・9・9 武昌 戦病死

永木貞俊 20 戦死

長崎道雄 20・8・10 セブ島 戦死

花田元治 19・7・10 ニューギニア 戦死

早川千秋 19・9・30 中部太平洋 戦死

林安男 19・7・18 ラバウル 戦死

原田宏 19・12 ビルマ 戦死

東公正 19・10・10 ニューギニア 戦死

別所吉和 20・9・10 タイ 戦死

本田博 19・8・13 ニューギニア 戦死

松島名興 20・11 ソビエト

松藤収 19・3・26 戦死

山口朋 19・9・25 ビルマ 戦死

山口寿夫 19・6・10 戦死

山田幸男 18・1・28 ガダルカナル島 戦死

山本重雄 戦死

湯川嘉雄 ニューギニア 戦死

吉田四郎 18・5・29 アッツ島 戦死

専門部法律科

青柳辰男 20・12・5 広東省 戦病死

浅井芳夫 18・1・12 南方 戦死

伊東良衛 19・11・30 小笠原諸島方面 戦死

石井豊晴 18・1・13 戦死

石黒邦助 戦死

今井清 18・5・29 アッツ島 戦死

小川熊雄 20・6・7 満州 戦死

小椋賢一 レイテ島 戦死

岡田福吉 戦死

加島利雄 19・5・19 ニューギニア 戦死

加藤末三郎 19・11・18 戦死

鹿島六也 19・9・15 ニューギニア 戦死

香川力 戦死

河口勇 20・8・13 ボルネオ 戦死

黒坂健一郎 20 比島 戦死

小谷進一 20・8・4 ビルマ 戦死

児玉春三 仏印 戦死

近繁左武郎 20・8 沖縄 戦死

清水五郎 17・6・14 北支 戦死

鈴木四郎 19・2・24 南方 戦死

田川憲治 19・11・10 ニューギニア 戦死

竹内栄蔵 18・12・7 ニューギニア 戦死

谷口文雄 20・6 比島 戦死

玉井郁文 20・3・7 パラワン島 戦死

永野辰己 19・9・24 南方 戦病死

永元清一 19・8・16 雲南省 戦死

野島猛雄 20・6・19 沖縄 戦死

萩野義夫 19・11・19 南支 戦死

土方義夫 20・7・24 戦死

平野茂雄 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

藤野靖一 19・6・1 戦死

松井寿之 20・5 南方 戦死

三浦正雄 18・5・29 アッツ島 戦死

柳井健治 20・6・23 戦死

山下威尚 硫黄島 戦死

山本武 20・4・26 ルソン島 戦死

吉村明 18・5・6 中支 戦死

渡辺隆 20・6・17 戦死

専門部商科

阿部元彦 戦死

青木憲司 18・1・29 戦死

浅田宏 20・5・15 ミンダナオ島 戦死

浅野良男 19・5・2 河北省 戦死

市原茂夫 北支 戦死

井上襄治 17・10・9 戦死

井上正利 19・3・3 ビルマ 戦死

稲垣稔 20・5・25 比島 戦死

岩堀宗雄 19・11・27 仏印 戦死

上田秋成 20・4・20 ブーゲンビル島 戦死

江崎一哉 19・11・16 戦死

大石弥之助 19 南支 戦死

加藤博之 19・9・2 戦死

柿原健策 20・7・17 戦死

川井浩勇 19・11・6 レイテ島 戦死

川崎俊吉 20 戦死

金原安兵衛 22・3・29 戦死

久野智 20・3・17 戦死

黒沢保範 20・8・25 江蘇省 戦死

小島文次 19・5・19 戦死

斎藤洋平 20・4・19 戦死

坂口嘉徳 19・6・16 ビルマ 戦死

桜井一男 19・10・17 ニューギニア 戦病死

柴崎三郎 20・7・11 戦死

柴田家光 20・5 戦死

清水武雄 19・8・5 中支 戦死

須賀定雄 17・3・14 戦死

鈴木淳三 18・12・2 中支 戦死

瀬川敏正 20・6・8 ルソン島 戦死

田村昌平 20・5・5 沖縄 戦死

田村通夫 20 戦死

高居健一 20・8・12 戦死

高野太 20・8・20 満州 戦死

滝沢信夫 20・3・1 ニューギニア 戦死

竹前義章 戦死

竜野利雄 20・7・2 ニューギニア 戦病死

玉田義郎 19・12・21 ブーゲンビル島 戦死

近並政弘 18・11・24 ギルバート諸島 戦死

常川嘉明 20・6・2 ビアク島 戦死

寺平一彦 18・6・13 戦死

外山俊一 19・8・15 支那 戦死

外山武彦 20・7・1 レイテ島 戦死

富樫博 20・7・1 レイテ島 戦死

豊岡良光 19・11・1 南方洋上 戦死

中川貞男 16・4・16 戦死

中野彦吉 20・5・10 ルソン島 戦死

長谷川一之 18・1・22 ガダルカナル島 戦死

肥田幸次郎 16・7・10 戦病死

肥田好正 16・5・6 浙江省 戦死

藤谷嘉男 19・11・29 パラオ諸島 戦死

藤戸謙一郎 19・11・29 北支 戦病死

松本恒雄 19・12・31 パラオ諸島 戦死

山口孝行 19 戦死

湯野精一 20・5・3 ルソン島 戦死

吉沢正三 20・7・1 レイテ島 戦死

吉田房義 19・7・10 ニューギニア 戦死

吉野英二 20・8・9 戦死

高等師範部国語漢文科

我妻金六 19・3・16 北千島 戦死

岸田晳 16・8・13 南京第一陸軍病院 戦病死

谷口信 20・3・5 ビルマ 戦死

西村喬夫 20・6・28 戦病死

高等師範部英語科

久木田力 20・4・24 比島 戦死

田中勝 17・3・25 天津陸軍病院 戦病死

専門学校政治経済科

奥和雄 17・1・24 戦死

斎藤健裕 20・6・5 ネグロス島 戦死

鈴木国男 19・4・6 大阪陸軍病院 戦病死

外崎慎一 20・1・25 ルソン島 戦死

飯田正之 20・4・10 南支 戦死

松浦孝之助 20・3・8 ビルマ 戦死

矢部邦久 20・3・17 ルソン島 戦死

横山益男 19・1・5 ニューギニア 戦死

専門学校法律科

外山操(昭一二専門商卒) 16・8・13 戦死

専門学校商科

岡田嘉雄 20・4・19 ルソン島 戦死

片山辰郎 戦死

清宮桂鐖 18・5・1 河南省 戦死

河野隆 20・6・18 戦死

曾我六郎 20・6・26 マニラ付近 戦死

宗野治 19・8・29 戦死

田中勇 19・7・10 ニューギニア 戦死

田中信夫 19・10・2 バシー海峡 戦死

田中良三 18・10・31 北支 戦死

豊岡良光 19・11・1 本州南方海面 戦死

夏見重定 19・11・28 湖南省 戦死

能登谷三郎 19・11・9 支那 戦死

福島秀孝 19・4・26 戦死

森田清三郎 20・7・1 レイテ島 戦死

 昭和一五年四月第一高等学院中退

吉田晃 19 戦死

 昭和一五年四月商学部入学(一八年九月卒業?)

山本政次郎 戦死

 昭和一六年三月卒業

政治経済学部

飯塚直一 戦死

池田融 戦死

内野恂 18・3・3 南方 戦死

小曾根忠雄 20・7・6 ニューギニア 戦死

荻原英男 19・10・18 戦死

小山田健吉 南方海上 戦死

加藤金蔵 20・5・25 山東省 戦死

加藤慶治 19・7・28 ニューギニア 戦死

加藤三郎 20・7・29 戦死

香川幸男 19・4・19 戦死

茅野昌功 19・11・14 パナイ島 戦死

川瀬芳英 戦死

河田重安 19・11・1 ニューギニア 戦死

木村弘 戦死

小泉薫 21・5・29 蒙古 戦病死

小樋山巌(昭一三専政卒) 20・2・16 戦死

神崎一 19 戦死

甲賀英男 21・3・28

佐藤富郎 18・8・10 戦死

斎藤英夫 20・1・30 支那 戦病死

坂梨竜雄 19・5・24 ニューギニア 戦死

清水健三 18・4・28 戦死

新谷繁 20 戦死

杉谷勇(昭一三専政卒) 17・5・31 戦死

鈴木留吉 19・12・19 戦死

千健六郎 19 ビルマ 戦死

園田健一 19・9・7 雲南省 戦死

高橋満雄 20・2・14 戦死

田畑三郎 19 ビルマ 戦死

玉野松雄 19・10・21 湖南省 戦病死

戸口通弘 19・7 ニューギニア 戦死

徳善正三 20・6・14 ルソン島 戦死

西島輝男 戦死

野村武雄(昭一三専政卒) 24・4・6 大野村陸軍病院 戦病死

長谷川景之助 20・7・10 ルソン島 戦死

早川尚男 18・10・28 戦病死

林常治 19・11・12 東支那海 戦死

桧山令似 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

平野一郎 20・5・23 セブ島 戦死

藤松与四男 19・10・5 ビルマ 戦死

堀田強一 19・8・3 戦死

堀越茂雄 20・3・28 戦死

前田昇 19・7・18 硫黄島 戦死

三角穠 18・7・24 ソロモン諸島 戦死

皆川敏夫 19・8・27 ビルマ 戦死

宮崎治男 20・7・1 レイテ島 戦死

宮本昌幸 19・5・10 茨城県 殉職

村上司 19・1・28 ニューギニア 戦死

森永正彦 20・4・8 ビルマ 戦死

八幡信一 18・4・28 山西省 戦死

八巻耕一 20・6・21 戦死

山本輝馬 20・2・7 戦死

渡部兵衛 18・6・22 戦死

法学部

岩本昇三 21・2・16 シベリア 戦病死

内田嘉彦 戦死

榎本吉竜 19・10・7 戦死

遠藤精一 19・11・6 ビルマ 戦死

木内重四郎 19・2・6 クェゼリン島 戦死

木村不二男 19・2・25 戦死

熊頭正宏 20・7・13 戦死

小山甚吉 17・6・3 戦死

目和信 19・3・10 比島 戦死

里秀夫 19・6・21 ビルマ 戦死

白戸一男 19・1・22 戦病死

関口邦雄(昭一三専法卒) 20・6・30 戦死

田口政美 20・8・13 興安南省 戦死

田島経二郎 19・5・8 戦病死

竹内秀幸 19・7・4 戦死

竹川晃 20・7・1 ミンダナオ島 戦死

平野修(昭一三専法卒) 19・4・28 戦死

藤井泰治 20・9・9 比島 戦死

細見正義(昭一二専法卒) 戦病死

真鍋勲 20・7 戦死

山ノ内雅明 19・8・6 湖南省 戦死

吉木謙二 20・3・21 マニラ付近 戦死

渡辺昌 20・7・17 戦死

文学部

浅野茂 19・9・20 比島方面 戦死

今井兌(昭一三高師卒) 19 ニューブリテン島近海 戦死

氏家正己 20・7・28 比島 戦死

金子哲 19・7・13 比島 戦死

川西信夫 19・12・22 戦死

酒井敏夫 19・11 ビルマ 戦死

鈴木治郎(昭一三高師卒) 19・12・22 レイテ島 戦死

田中莠 19・8 ビルマ 戦死

中村重雄 20・6・20 沖縄 戦死

則藤大蔵 20・1・14 メレヨン島 戦死

若沢太郎 17・6・11 戦死

商学部

会田定平 19・8・1 ニューギニア 戦死

相佐宮司 19・9 中支 戦病死

赤峰憲道 18・2・15 戦死

朝田一郎 19・7・10 戦死

荒木広明 20・1・9 比島 戦死

井ノ口荘策 19・4・30 戦死

井沢哲造 19・5・30 インパール 戦死

飯島信一 17・11・23 戦死

飯田勇雄 19・8・5 戦病死

石井仙太郎(昭一三専商卒) 戦死

太田正三 18・10・21 東支那海 戦死

岡英夫 20・6・7 戦死

岡田民夫 19・10・27 レイテ島 戦死

笠松巌 19・1・21 戦死

風間和一 21・3・19 ラバウル 戦病死

風間忠道 19・5・29 中支 戦死

川田竜一(昭一三専商卒) 19・11・14 戦死

河野一民 18・11・23 満州 殉職

木村茂 19・1・16 東支那海 戦死

喜多川航太郎 ラバウル 戦死

北浦一三 20・2 内南洋 戦死

国井惟行 20・5・25 戦死

黒川章 18・4・28 南方海上 戦死

小林良雄 20・2・16 戦死

児玉亮一 20・9・14 戦病死

今孝(昭一三専商卒) 21・11 戦病死

佐伯得雄 戦死

佐々山元一 20・3・17 硫黄島 戦死

斎藤辰巳 21・2・23 朝鮮 戦病死

坂本輝夫 19・4・1 張家口 戦死

酒井治彦 19・2・24 ブラウン島 戦死

柴田桂太郎 19・2・6 クェゼリン島 戦死

鈴木重雄 19・6・13 トラック島 戦死

鈴木重達 19・9 戦死

鈴木霊 19・8・2 張家口陸軍病院 戦病死

瀬戸口登 19・12・23 台湾沖 戦死

園田隆一郎 19・8・22 仏印沖 戦死

田中逸夫 21・4・2 戦死

田巻勝美 19・10・30 沖縄方面 戦死

高井春馬 20・9・15 コレヒドール島 戦死

高橋健吉 朝鮮 戦病死

高山康二郎 18・1・10 戦死

鶴見義行 戦死

戸田雅雄 20・4・26 ビルマ 戦死

鳥海晃 19・7・24 ニューギニア 戦死

中川六四郎 19・7・30 湖南省 戦死

中島好文 19・3・30 戦死

中田藤朔 20・8・21 比島 戦死

中村茂彦 21・2・21 上海兵站病院

新妻力 19・5・27 ミートキーナチャイト付近 戦死

野口芳明 19 ビルマ 戦死

野萩栄三(昭一三専商卒) 20・8・16 戦死

橋本進 20・3・23 ニューギニア 戦死

橋本達男 19・11・10 ニューギニア 戦死

服部一郎 20・7・22 戦死

服部猛雄 20・1・23 戦死

林清之輔 18・9・30 戦病死

日吉良夫 19・10・15 豊橋陸軍病院 戦病死

疋田秀夫 18・1・1 戦死

福田憲治 20・1・10 ニューギニア 戦死

古井善雄 20・3・20 ニューギニア 戦死

前川一兵衛 22・5・10 ルソン島 戦死

増成了典 19・10・18 戦死

松代重四郎 20・3・10 戦死

松本常雄 17・10・2 戦死

三品豊造 戦死

村井六郎 20・6・7 戦死

八木晃 20・7・6 比島 戦死

山内教輔 19・10・23 台湾沖 戦死

山城雄蔵 20 比島 戦死

山本穆 20・5・12 九州西方海面 戦死

湯浅辰雄 21・3・15 ソビエト

吉田宗一 19・8・10 ニューギニア 戦死

吉野一三雄 18・3・24 戦死

吉村脩 19・9・1 北支 戦死

理工学部

井岡公義 20 戦死

出原三造 20・11・26 ソビエト 戦病死

河西正己 19 比島 戦死

楠川尚治 20・3・22 ボルネオ 戦死

塩田寿雄 20・6・1 ルソン島 戦死

杉本誠二 20・6・13 比島 戦死

田村孝夫 19・7 戦死

高梨友輔 20・5・17 沖縄 戦死

豊永隆 19・9・21 比島方面 戦死

中原章 19・6・25 戦死

拝司宗男 20・5・3 ニューギニア 戦死

林光男 17・8・21 戦死

原利夫 20・5・13 ホロ島 戦死

松本誠三 19・11・17 戦死

専門部政治経済科

浅岡晴寿 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

穴沢隆 23・1・28 戦病死

有地芳郎 18・2・29 南支 戦死

飯野義方 19・4・26 戦死

石川渥 19・7・12 比島沖 戦死

石崎良民 20・2・23 戦死

石津蔦雄 19・6・12 比島 戦死

小倉種雄 20・1・30 戦死

大嶋明 18・9・15 広東省 戦死

大淵民雄 19・6 ビルマ 戦死

大和久文夫 20・8・2 戦死

岡田正武 20・1・30 戦死

蒲池忠男 19・5・13 ビルマ 戦死

神作恵介 18・6・14 天津付近 戦死

北村幾雄 20・6・3 ビルマ 戦死

国本重男 17・7・29 戦病死

桑名保 19・11・24 戦死

小林滋俊 19・4・20 ビルマ 戦死

小森恒繁 19・11・17 東支那海 戦死

佐々木正八 20・5 ルソン島 戦死

佐々木俊道 20・5・4 戦死

佐藤泰雄 18 サイパン島 戦死

笹野稔 戦死

沢崎治雄 19・8 支那 戦死

白井雅之介 18・8・4 ソロモン諸島 戦死

関魏 20・3・20 戦死

曾祢健太郎 19・8・18 ニューギニア 戦死

田村弘一 19・8・10 ビルマ 戦死

多門正助 19・9・30 中部太平洋 戦死

高梨英男 19・3・8 ニューブリテン島 戦死

高橋敏男 20・3・28 ルソン島 戦死

築野修 19・9・30 マリアナ諸島 戦死

富樫陽一 19・10・20 ビルマ 戦病死

奈倉直式 21・1・25 戦死

中園太郎 20・2・8 戦死

中田彰夫 20・8・9 戦死

西尾彊 20・4・30 ビルマ 戦死

蜷川衛 20・5・11 沖縄方面 戦死

野村隆太郎 20・2・16 マニラ付近 戦死

尾留川新 20・6・6 ルソン島 戦死

平沢吉巳 18・3・31 東京第二陸軍病院 戦病死

平塚秀夫 19 戦死

福地信夫 19・9・30 戦死

藤井良夫 19・5・1 戦死

古川武 20・2・28 ビルマ 戦死

三島胖 18・10・7 戦死

三村三郎 20・1・2 ソロモン諸島 戦死

宮村武男 20・4・23 ビルマ 戦死

向仲靖 20・4・9 ビルマ 戦死

八代忠 19・11・23 広西省 戦死

安田和雄 戦死

山岡一雄 17・5・28 江西省 戦病死

山下幸夫 20・5・27 戦死

山田正雄 18 戦死

吉田喜久治 19・7・29 戦死

専門部法律科

明石正名 19・12・31 ペリリュー島 戦死

石橋勝 17 ガダルカナル島 戦死

市川京三 19・10・30 ニューギニア 戦病死

内山純一 20・6・28 ビルマ 戦死

浦島淳一 戦死

江川善次郎 20・8・14 マニラ付近 戦死

小川昇 20・5・1 タラカン島 戦死

小野寺正吉 19・12・6 中支 戦死

大西健次郎 19・9・30 グアム島 戦死

太田恒雄 19・9・4 シンガポール 戦死

川口勇 17・9・2 戦病死

木下仙 20・1 ルソン島 戦死

木村幹男 19・11・27 戦死

菊地一雄 戦死

及能喜一郎 19・11・24 ペリリュー島 戦死

熊谷頼男 19・11 公病死

桑村一郎 21・6・15 戦死

近藤嘉行 19・9・15 ビルマ 戦死

霜田衛 19・7・4 南支那海 戦死

芹田与四郎 19・11・25 ビルマ 戦死

十矢儔一 20・8・10 ミンダナオ島 戦死

田中治 20・2・8 ニューギニア 戦死

田村祥一 18・11・17 ニューギニア 戦死

高州慶三 19・8・18 ニューギニア 戦死

竹山幸夫 19・7・18 戦死

千葉宏 20・6・20 戦死

外波山正一 19・9・30 マリアナ諸島 戦死

富岡駿 20・4 戦死

西浜太一 19 戦死

馬場豊彦 20・6・30 ミンダナオ島 戦死

平田英一郎 20・1・27 モロタイ島 戦死

深井充 19・1・16 硫黄島西方海面 戦死

福留忠男 20・3・15 ビルマ 戦死

細井詳七 18 戦死

松岡基治 20・2・3 戦死

水谷行雄 18・8・28 ビルマ 戦死

目賀多正彦 19・8・31 戦死

森本繁生 17・10・19 セレベス 戦死

安田肇 20・2・5 ニューギニア 戦死

山口敏夫 19・12・19 戦死

山辺嵩 20・3・10 ビルマ 戦死

山本達男 19・12・4 戦死

渡辺武夫 17・7・26 戦病死

渡辺徳久 19・9・28 ニューギニア 戦死

専門部商科

安孫子義秀 17・9・29 戦病死

赤尾清光 20・1・23 ルソン島 戦死

芦野好善 18・8・17 戦死

井上光雄 戦死

池田徳久 17・7・22 戦死

池田利之 19・8・18 ニューギニア 戦死

和泉和夫 20・6・20 戦死

石島健三 20・5・13 戦死

稲葉喜一 20・3・17 戦死

今井良一 20・6・22 沖縄 戦死

岩田新雄 18・7・18 戦死

岩光宏 19・10・18 戦死

上村茂 19・10・18 比島方面 戦死

牛島健男 18・9・27 戦死

内山勝造 17・11・15 ガダルカナル島 戦死

内山正信 18・9・14 支那 戦死

大泉正博 19・5・8 インド 戦死

大坪巌 20・7 マニラ付近 戦死

加藤玄二 19・6・16 中支 戦死

綛谷正 17・12・2 戦病死

金子省二 23・6・10 戦病死

神山靖 20・2・25 戦死

岸功 19・9・15 ビアク島 戦死

小柴稔 20・7・17 戦死

小林義雄 19・7・2 中部太平洋 戦死

小山菊雄 20・6・20 沖縄 戦死

笹栗〓二 17・11・19 戦死

志波為治 18・3・30 中支 戦死

水頭文雄 21・7 延吉 戦死

菅英士 18・12・26 戦死

杉山賢次 20・6・10 比島 戦死

鈴木正一 19・9・9 戦死

鈴木正明 19・8・15 ニューギニア 戦死

角南治一 20・5・20 戦死

瀬谷登 19・7・15 戦死

多田勲 21・5・3 戦死

長雅峰 比島 戦死

中尾良雄 18・1・1 ソロモン諸島 戦死

中川哲 戦死

中谷範康 19・12・6 戦死

永富敏夫 19・5・8 内南洋 戦死

西田武道 20・6・22 戦死

西宮正雄 18・7・20 山西省 戦傷死

野呂敏彦 20 戦死

早志唯明 20・7・25 ルソン島 戦死

林守三 戦死

日野原正雄 19・12・22 ビルマ 戦死

肥後茂 19・3・29 ニューブリテン島 戦死

広田南 20・3・17 硫黄島 戦死

藤好俊則 19・11・18 ビルマ 戦病死

古郡覚 19・9・30 マリアナ諸島 戦死

増田泰久 サイパン島 戦死

松浦巌 19・9・27 戦死

松本実 20・1・10 ルソン島 戦死

宮崎二郎 20・3・16 ニューギニア 戦死

宮崎俊作 20・1・9 戦死

向田豊 19・3・31 山西省 戦死

山口章司 20・4・29 戦死

山下晃一 戦死

高等師範部国語漢文科

川畑健児 18・3・12 戦病死

下村明 20・3・29 パガン島 戦死

鳥居栄三郎 20・8・9 満州 戦死

藤田庸一 21・5・10 戦病死

高等師範部英語科

鈴木和 17・7・21 戦死

牟田口松治 20・6・15 戦死

専門学校政治経済科

小林昌之助 21・2・17 ソビエト 戦病死

石田力 20・1・27 戦死

石山好治 19・12・26 モロタイ島 戦死

小野寺富吉 20・4 戦死

奥野謙二 20・5・29 戦死

加納隆 18・9・30 パラオ諸島近海 戦死

鈴木慶三郎 19・12・4 戦病死

田辺信行 17・3・19 山西省 戦死

津村清徳 19・3・13 千島列島近海 戦死

中村光男 19・12・19 台湾北方海面 戦死

羽深護 19・8・2 戦死

専門学校法律科

清水千秋 18・7・4 戦病死

専門学校商科

伊勢貞敏 19・8・25 ニューギニア 戦死

伊藤了吉 19・12・28 比島 戦死

一ノ瀬治良吉 戦死

市橋肇 19 テニアン島 戦死

大谷真一 20・12・6 戦死

片岡与三郎 18・11 戦死

桂木彦吉 17・11・23 戦死

川崎貞雄 20・7・1 戦死

木内弘一 17・1・10 レイテ島 戦死

高達年次 17・7・23 戦病死

佐藤義明 20・9・17 ダバオ 戦死

崎本美明 21・8・5 横須賀 戦病死

多田彰佑 19・8・28 戦病死

高野彦一郎 19 南方 戦死

鶴田賢次郎 19・7・28 ビルマ 戦死

名取長夫 20・7・22 戦死

永井清司 20・7・1 比島 戦死

本間晶一 19・7・4 戦死

和智要吉 20・4・24 戦死

渡辺文哉 19・9・30 グアム島 戦死

 昭和一六年一二月卒業

政治経済学部

阿部文篤 19・8・18 ヌンフォール島 戦死

赤塚(旧姓高橋)正直(昭一三専商卒) 19・6・5 戦病死

天野出男(昭一四専政卒) 19・7・13 支那 戦死

安藤久雄 18・5・20 中支 戦死

伊王野邦男 戦死

石原勉 19・7・14 ニューギニア 戦死

内山英雄 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

梅沢光一 19・1・8 戦死

梅津良彦(昭一四高師卒) 20・4・15 ビルマ 戦死

遠藤亨 18・6・9 本州東方海面 戦死

大塚巳六(昭一四専政卒) 戦死

大沼満 20・3・18 鹿児島湾上空 戦死

岡英夫 19・3・14 ニューギニア 戦死

岡本太郎(昭一四専政卒) 22・11・16 戦死

加藤忠仁 戦死

加藤誠 19・7・5 ミンダナオ島 戦死

河西三郎 19・1・4 ラバウル 戦死

岸田米作 19・10・20 ニューギニア 戦死

古藤田銈次 19・9・30 戦死

近藤利之助 20・6・20 沖縄 戦死

佐藤達郎 20・1・28 支那 戦死

里見鉄蔵 19・9・30 グアム島 戦死

須之内道也 20・8・15 戦死

末吉進 18・9・30 戦死

菅原耕一 20・8・3 戦死

杉浦次雄 20 戦死

関根行也 19・6・19 中部太平洋 戦死

相馬利夫 19・11・12 戦病死

田村芳夫 20 比島沖 戦死

高山泰一(昭一三専商卒) 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

滝川嘉弘 19・9・16 ニューギニア 戦死

伝田量平 19・8・10 ビルマ 戦死

富沢友嗣 19・10・31 中支 戦死

友成博 20・2 戦死

中島実 19・4・22 戦死

行方篤信 19・10・28 戦病死

西尾美淳 17・10・24 戦病死

西野次郎 19・4・25 ニューギニア 戦死

橋元謙二(昭一四専商卒) 19・12・29 比島 戦死

平沢滉三 20・6・2 戦死

広川伊三郎 18・4・24 戦死

星一二郎 19 比島 戦死

堀田良平 19・9・30 テニアン島 戦死

増田英三 20・7・17 モロタイ島方面 戦死

松岡昇(昭一三専政卒) 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

三谷鉄之助(昭一四専政卒) 19・12・14 小笠原諸島 戦死

水野邦雄 19・5・3 ニューギニア 戦死

目崎和夫 18・12・14 マレー 戦死

森新蔵 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

森節生 18・9・16 南方 戦死

湯原三郎 20・3 硫黄島 戦死

法学部

青山景治 戦死

東喜一郎 ブーゲンビル 戦死

荒谷五一 戦死

安藤律男(昭一四専政卒) 19・12・19 台湾沖 戦死

井手昌訓 20・8・17 支那 戦死

猪飼文彦 18・5・20 ヤルート島 戦死

池田政夫 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

江沢克己 20・7・28 北支 戦死

大江安彦 戦病死

加藤明 19・9・18 戦死

甲斐良平 20・8・9 満州 戦死

神谷始郎 19・8・18 戦死

北原宏 18・9・28 大分県 殉職

北村光明 19・3・30 ビルマ 戦死

黒坂民男(昭一四高師卒) 20・1・10 比島 戦死

小口三之 20・4・5 ブーゲンビル島 戦死

向野玄吉(昭一四専法卒) 19・7 ビルマ 戦死

佐々木力 20 中支 戦死

指方一政(昭一四専商卒) 戦死

沢田武文 戦死

清水芳二 19・12・19 レイテ島 戦死

周藤静雄 20・7・2 比島 戦病死

須藤正久 19・10・15 台湾沖 戦死

種田正雄 ビルマ 戦死

田辺泰男 19・5・21 ニューギニア 戦死

玉那覇有達 20・7 硫黄島 戦死

田原博彦 19・10・6 広西省 戦死

竹本良(昭一四専法卒) 戦死

中村進 17・8・10 戦死

永持馨一(昭一四専商卒) 19・5・3 戦死

鍋島日出男 19・10・13 台湾 戦死

羽栗弘道 19・12・2 屋久島沖 戦死

原口兼道 20・8・29 無錫 戦死

平本幹 19・8・4 久留米陸軍病院 戦病死

藤田州男 19・6・13 中支 戦死

古荘英男 18・12・5 戦死

保坂肇 19・9・19 支那 戦死

堀内彊 19・12・25 戦死

堀江国丸 19・2・18 河南省 戦死

丸本衛 20・6・22 沖縄 戦死

右田昌義 内地 戦病死

宮原常守 19・11・14 ニューギニア 戦死

山下栄 17・12・28 戦死

山下武夫 20・4・1 沖縄 戦死

山本七左衛門 18・7・18 テニアン島 戦死

由井達雄(昭一四専政卒) 19・11・15 比島 殉職

余多分八郎(昭一四専政卒) 20 レイテ島 戦死

吉田英一 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

米本博行(昭一四専法卒) 19・8・8 ブーゲンビル島 戦死

文学部

阿岸嶺照 20・6・20 戦死

北島省吾 20・6・26 戦死

鬼頭鉄男 20・8・15 ソ満国境 戦死

五領田文雄 20・1・30 戦傷死

天白宣揚 レイテ島 戦死

福沢正気 戦死

吉永武 19・7・11 戦死

吉村正義 19・10・18 マニラ沖 戦死

渡辺満 19・7・26 戦死

商学部

青江重治 19・9・7 戦死

朝田茂 20・4・20 ルソン島 戦死

荒木正固 20・8・30 戦病死

荒田義郎(昭一四専商卒) 18・5・21 戦死

荒牧哲 20・3・17 硫黄島 戦死

五十嵐章夫(昭一四専商卒) 17・10・12 南太平洋 戦死

伊藤時彦(昭一三専政卒) 19・7・18 サイパン島 戦死

飯直人 18・9・30 南西太平洋 戦死

池田喜久夫 20・5・3 戦死

池田博二 20・5・9 ブーゲンビル島 戦死

石毛光也 20・5・30 紀伊半島上空 戦死

宇山秀夫 20・8・6 広島 戦死(原爆)

内田孝一 19・11・14 中支 戦病死

梅根敏穂 19・9・7 戦死

頴川隆栄 19・10・30 戦死

小川博 20・6・17 比島 戦死

小野欣助 戦死

小山善章 20・6・24 ルソン島 戦死

尾上暉海 18・7・22 戦死

大橋義郎 20・7・31 戦死

太田稔 19・7・18 戦死

覚張正三 20・3・6 ビルマ 戦死

兼子貞美 20・3・28 ビルマ 戦死

川井忠和 19・4・18 ビルマ 戦死

河村博之(昭一四専商卒) 20・2 戦死

木原洋二 19・7・10 ビルマ 戦死

岸野安雄 20・6・8 ミンダナオ島 戦死

北真一郎 19・9・29 戦病死

北沢清 20・2・16 コレヒドール島 戦死

小池徳朋 19・12・7 レイテ島 戦死

小島久男 19・8・14 ビルマ 戦死

小山兼正 20・5・17 戦死

小山光一 18・3・5 戦病死

後藤大作(昭一四専商卒) 21・8・17 ラバウル 戦死

近藤豊 19・5・13 ビルマ、インドコヒマ 戦死

佐々木久 19・12・16 比島 戦死

斎藤正太郎 20・6・2 ルソン島 戦死

沢辺詮 20・3・19 ルソン島 戦死

菅沼正胤 20・11・2 南京兵站病院 戦病死

田村起久治 18・4・26 戦死

田村理 20・6・18 ルソン島 戦死

高沢文夫 19・7・18 サイパン島 戦死

高橋一雄(昭一四専政卒) 19・12 レイテ島 戦死

高橋正秋 20・7・5 ニューギニア、松頭山 戦死

千葉和一郎 20・1・29 ビルマ 戦死

鉄留一 20・1・6 ブーゲンビル島 戦死

中津允文 19・4・2 南方 戦死

西田稔 20・2・21 ビルマ 戦死

服部泰雄 18・5・5 ニューブリテン島 戦病死

東野俊夫 20・2・1 ニューギニア 戦死

平木光夫 20・6・18 ルソン島 戦死

平原信行 19 中支 戦死

平松良徳 19・4 ニューギニア 戦死

福田健爾(昭一四専商卒) 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

福持隆雄 19・7・2 ニューギニア 戦死

藤井栄一 20・11・2 北支 戦死

前田秀治(昭一四専商卒) 20・6・30 戦死

増田寛 19・7・18 サイパン島 戦死

町山弘 19・4・22 ニューギニア 戦死

松井栄造 18・5・28 湖北省 戦死

松岡澣夫 19・11・12 東支那海 戦死

松本義一 21・9・8 山口陸軍病院 戦病死

松本静夫 19・7・7 ビルマ 戦死

松本友二 南方 戦死

三浦豊 19・4・13 戦病死

三上直臣 18・3・22 ラバウル 戦病死

村川浩介 19 ビルマ 戦死

村松巳恵吉 20・2・1 豊橋陸軍病院

望月猪久男 18・2・4 ガダルカナル島 戦死

元坂新(昭一四専商卒) 沖縄 戦死

本橋精一(昭一四専商卒) 戦病死

矢島健造 19・3・16 戦死

安田延次 20・5・10 戦死

安田吉広 21・2・15 延吉 戦病死

山内宏 21・3・9 中支 戦病死

山内昌信 19・6・12 湖南省 戦死

山岡茂 20・2・14 比島 戦死

吉田貞夫(昭一四専商卒) 19・7・18 戦死

吉田三郎 19・7・26 ビルマ 戦死

吉田武雄 19・10・28 マリアナ諸島 戦死

若林敬二 19・7・18 戦死

渡瀬立夫 20・9・22 ブーゲンビル島 戦病死

渡辺覚治郎 戦死

渡辺弘一 19・9・30 マリアナ諸島 戦死

渡辺良一郎 19・7・8 マリアナ諸島 戦死

理工学部

池田輝雄 20・3 戦災死

内山利 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

遠藤甚太郎 19・2・6 マーシャル諸島 戦死

小笠原義雄 20・8・6 広島 戦死(原爆)

岡見高明 20・8・13 満州 戦死

木部泰次 18・5・29 アッツ島 戦死

草野新 20・8・14 比島 戦死

佐々木秀男 戦死

桜井三郎 20・8 満州 戦死

重本政継 17・8・1 中支 戦死

高橋富彦 20・4・24 比島 戦死

冨岡太郎 20・4・25 比島 戦死

内藤四郎 戦死

林五郎 19・3・31 内南洋 戦死

松島正浩 20・8・10 マニラ 戦死

宮木藤喜蔵 19・10・25 南西諸島 戦死

宮本浩太郎 20 埼玉県 戦死

森竜馬 20・3・17 硫黄島 戦死

屋鋪淳 20・6・20 沖縄 戦死

安田松雄 19・9・4 戦死

専門部政治経済科

阿久津誠人 18・5・29 アッツ島 戦死

吾妻博 19・11・1 ニューギニア 戦死

秋元英吉 20・5・12 戦死

秋山市郎 19・9・5 小笠原諸島 戦死

秋山千里 20・4・6 戦死

秋山道三 戦死

安藤洋 20・1・15 マニラ 戦死

安藤義寛 20・7・13 湊陸軍病院 戦死

厚田和夫 20・1・10 ニューギニア 戦死

網谷延男 19・10・19 戦死

伊藤広士 20・3・25 北支 戦病死

飯野哲雄 19・9・30 マリアナ諸島 戦死

生田和義 19・12・1 レイテ島 戦死

石橋三郎 19・4・26 南支那海 戦死

磯野英雄 18・11・3 戦死

磯部清光 20・3・17 硫黄島 戦死

今泉平一 21・5・24 上海第一八一兵站病院 戦病死

今村次郎 19・6・19 山形陸軍病院 戦病死

宇賀信吾 レイテ島沖 戦死

上田八三 20・9・23 戦死

臼井文彦 19・7 グアム島 戦死

遠藤英夫 19・2・15 ミンダナオ島沖 戦死

小山田茂 19・8・18 ヌンフォール島 戦死

大島正充 20・4・25 ルソン島 戦死

大慈弥重行 18・5・5 南方 戦死

大谷友司 20 比島マニラ 戦死

岡部嘉寿恵 17・12・15 戦病死

奥田静雄 20・9・11 中支 戦死

奥野正夫 20・1・22 ニューギニア 戦死

折居直彦 19・8・3 ニューギニア 戦病死

柿沼達児 19・5・12 戦死

金子義太郎 戦死

鎌田三郎 20・10・5 ルソン島 戦死

河合進 18・5・14 戦病死

菅藤則男 19・9・30 中部太平洋 戦死

小林幸三 20・1・22 宮古島 戦死

小林恒三 20・6・20 戦死

佐々木市太郎 20・9・14 戦死

斎藤孝一 18・10・21 ニューギニア 戦死

篠田金夫 19・8・7 戦病死

清水五郎 17 戦死

庄司均 19・4・12 小倉陸軍病院 戦病死

須賀隆 20・1・26 モロタイ島 戦死

杉浦崇 20・8・14 比島 戦死

田代政夫 戦死

多賀一夫 19・9・20 戦死

高杉尚友 20・5・16 トラック島 戦病死

高橋和平 20・5・14 比島 戦死

竹田義則 20・6・8 南方 戦死

土居俊郎 20・9・14 レイテ島 戦死

中井滉 20・6・16 戦死

中野彦正 19・8・13 ビルマ 戦死

中村進 19・9・30 マリアナ諸島 戦死

永田克己 19・4・7 ビルマ 戦死

永田吉三郎 20・6・20 戦死

西村博 19・5 ニューギニア 戦死

東山一郎 20・6・25 戦病死

樋口清 20・5・20 ルソン島 戦死

堀野得文 20・7・30 戦死

松倉憲章 20・6・19 ルソン島 戦死

三沢一郎 24 ボルネオ 戦死

永谷正 20・6・12 ボルネオ 戦死

牟田尚 19・3・14 戦死

椋田和明 20・6 沖縄 戦死

茂木嘉作 20・2・21 マニラ 戦死

柳川太平 20・1・10 宮古島 戦死

山岡信爾 20 ボルネオ 戦死

山下欣一 戦死

山本岩越 20・5・15 ルソン島 戦死

吉崎実康 20・5・31 戦死

吉田亨 戦死

渡辺三夫 18・9・18 ニューギニア 戦死

専門部法律科

吾孫子恒雄 18・5・29 アッツ島 戦死

井上武夫 20・4・16 御蔵島沖 戦死

伊藤源六 19・9・7 戦死

石綿惣三郎 20・1・24 中支 戦死

市村淳 19・7・10 戦死

宇尾野豊重 19・8・22 ニューギニア 戦死

榎本祐長 19 戦死

遠藤外之 19・9・14 ビルマ 戦死

遠藤健男 19・12・25 支那 戦死

加藤秀幸 19・12・9 中支 戦死

影山嘉彦 20・2・8 戦死

川端善久 20・1・28 ホロ島 戦死

木下栄一 20・7・28 ミンダナオ島 戦死

木戸広美 20・3・17 レイテ島 戦死

岸徹 20・1・29 ビルマ 戦死

楠本忠夫 19・5・17 鹿島灘 殉職

窪寺佳道 19・9・8 中支 戦病死

熊谷正宣 21・8・17 山西省 戦死

栗島四郎 18・10・3 南方 戦死

小林正三郎 20・2・5 比島 戦死

坂元俊幸 21・3・18 戦病死

下田忠夫 19・12・10 レイテ島 戦死

杉山俊生 20・5・3 ルソン島 戦死

関通 19・12・11 ビルマ 戦死

田中清次 20・6・4 沖縄 戦死

田中素太郎 19・9・14 雲南省 戦死

田辺木更郎 18・10・18 横須賀陸軍病院 戦病死

高橋敬 南方 戦死

谷内精朔 19・9・28 仏印 戦死

常田(旧姓松浦)重信 20・6・7 ビルマ 戦死

富島勉吉 20・3・1 戦死

中妻孝一 20・4・30 ルソン島 戦死

長島正隆 沖縄 戦死

新山喬夫 20・4・28 戦死

野田耕 20・2・6 比島 戦死

馬場邦夫 17・7・24 牡丹江 戦病死

長谷川吉之助 20・5 沖縄 戦死

橋本巌 19・9・16 アンガウル島 戦死

原田邦彦 20・1 戦死

平沢久弥 19・5・18 インド 戦死

平部恒正 19・10・25 戦死

広瀬道 19・12・18 戦死

福田久之助 20・6・20 マニラ 戦死

穂積武男 19・8・18 戦死

堀力 19・6・10 戦死

真島邦彦 20・8・22 戦死

丸山福光 19・12・12 仏印 戦死

村原修一 19・9・30 マリアナ諸島 戦死

矢島隆之助 19・10・17 戦死

山口将也 20・4・30 ルソン島 戦死

山田鉄之助 20・6・15 沖縄 戦死

山本太郎 18・10・12 戦死

渡辺保英 22・4・24 比島 戦死

専門部商科

青井直之 22・1・10 ソビエト

天海正雄 20・2・16 戦死

井上善兵衛 19・5・28 戦死

五十嵐邦彦 20・7・20 比島 戦死

伊賀得三 19・6・12 インド 戦死

伊藤晃一 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

石川陽太郎 20・7・10 北海道南方海面 戦死

石塚主税 戦死

石塚吉信 18・11・20 中支 戦死

犬上孝 18・11・9 竜江省 戦病死

岩野和夫 19・8・4 ビルマ 戦死

内山松男 19・8・29 ビルマ 戦病死

尾崎啓三 20・8 戦死

大西誠四郎 18・2・2 戦病死

大矢武 21・8 新京 戦病死

太田滋 20・6・20 戦死

岡本信 20・6・15 比島 戦死

加藤泰助 19・9・30 グアム島 戦死

風間敏雄 戦死

金子巻五 19・7・18 サイパン島 戦死

金子満郎 戦死

川村正一 20・5・10 ルソン島 戦死

木村昇二郎 19・1・11 ビスマルク諸島 戦死

岸野久遠 20・5・30 戦死

九鬼篤胤 20・5・6 河南省 戦死

黒川智世男 20・10・25 戦死

小井沼清安 19・9・26 ペリリュー島 戦死

小島治広 19 戦死

小沼武 19 湖北省 戦病死

小森甚逸 戦死

幸田晴治 19・7・6 サイパン島 戦死

河野幸雄 20・3 戦死

佐古田康 20・8・31 広島 戦死(原爆)

斎藤紀久男 20・6・22 沖縄 戦死

斎藤正道 18・8・3 ニューギニア 戦死

坂井次郎 19・4・9 戦病死

坂田秋生 19・5・3 北支 戦死

坂元義民 20・4・5 ビルマ 戦死

佐々木弘 20・4・10 ビルマ、ピヨーペ 戦死

皐月寛 19・10・24 レイテ島 戦死

篠塚敬一 19・9・21 陸軍軍医学校

柴田善高 20・6・1 ネグロス島 戦死

島田武雄 20・9・22 ルソン島 戦病死

須藤喜代次 戦死

末永健治 20・2・17 ビルマ 戦死

杉本啓喜 18・9・30 パラオ諸島 戦死

曾我敬次 19・5 戦死

田制民雄 戦死

田辺英行 20・6・19 ルソン島 戦死

高橋一郎 18・5・29 アッツ島 戦死

高橋豊 20・1・8 中部太平洋 戦死

高島清 20・2・23 ビルマ 戦死

竹内健次 19 マリアナ諸島 戦死

津久井一郎 20・8・8 戦病死

鶴田正雄 20・10・25 戦病死

徳田安司 19・6・30 インド 戦病死

中越義郎 19・8・13 ニューギニア 戦病死

中川公一 19・12・2 東支那海 戦死

中曾根二郎 20・3・25 ニューギニア 戦死

長島一朗 19・4・23 ニューギニア 戦死

服部敏三 18・5・28 北支 戦死

原口鉄太郎 19・11・10 ビルマ 戦死

日向野勇作 20・7・30 ミンダナオ島 戦死

深瀬一博 19・12・2 戦死

福井善寿 19・7・18 サイパン島 戦死

松本進 20・6・29 ビルマ 戦死

水島義夫 20・7・21 ビルマ 戦死

村原孝 20・8・12 ルソン島 戦死

村山昇司 20・3・21 ビルマ 戦死

森清 20・5・5 沖縄 戦死

森山喜代治 20 戦死

山口清男 20・6・16 タイ 戦死

山崎義治 18 北支 戦死

山沢長治 20・7・11 ルソン島 戦死

山下穣二 19・3・27 バリ海 戦死

山田明 19・10・24 湖南省 戦死

渡辺進 18・8・2 ニューギニア 戦死

専門部工科

秋末二郎 19・8・9 ニューギニア 戦死

岩松康 19・10・8 ニューギニア 戦死

江畠信義 19・7・25 戦死

尾西学 19・8・14 ビルマ 戦死

大藪藤平 20・3・7 戦死

風間清武 20・2・2 ルソン島 戦死

桂木尚志 18・4 ブーゲンビル島 戦死

亀谷寿太郎 20・6・20 沖縄 戦死

川嶋隆夫 20・7・8 比島 戦死

河北忠 戦死

木崎匡一 19・5・30 インド 戦死

木村泰三 20・8・5 戦死

木村正幸 20・3・17 硫黄島 戦死

栗山繁吉 戦死

佐野一正 19・9・27 戦死

斎藤周彦 20・5・10 ニューギニア 戦死

斎藤康哉 20・7・23 ビルマ 戦死

城口仁 20・7・22 戦死

田口富雄 19・3・20 戦死

田中景二 19・3・4 戦死

田中幸太郎 沖縄方面 戦死

多田五郎 20・8・13 ビルマ 戦死

館野実 20・8・19 シンガポール 自決

富塚実 20・6・21 沖縄 戦死

中村幸雄 戦死

成本忠彦 19・5・8 インド 戦死

橋本弥太郎 20・8・12 ニューギニア 戦死

東田勲 20・3・1 ルソン島 戦死

平野正信 20・6・5 小笠原諸島北方 戦死

不破定七 サイパン島 戦死

福岡孝富 戦死

藤井格二 戦死

藤原益行 20・1・31 ビルマ 戦死

松村発明 20・8・20 戦死

松本淳 戦死

松本潤 20・6・2 比島 戦死

三谷達夫 戦死

水谷晶浩 19・6・21 ニューギニア 戦死

本山静馬 19・11・30 湖南省 戦病死

矢野典弘 18・1・26 戦死

山川博久 19・1・3 戦死

山口時郎 戦死

山越富雄 19・10・25 比島沖 戦死

湯浅茂男 20・8・14 牡丹江省 戦死

吉川元 20・3・7 戦死

和田安正 19・10・7 戦死

高等師範部国語漢文科

大登美新平 17・11・24 江蘇省 戦死

早川仁 19・2 比島沖 戦死

日高紀光 19・7・16 ブーゲンビル島 戦病死

藤尾秋箕 19・9・30 マリアナ諸島 戦死

松本二郎 20・2・25 ビルマ 戦死

高等師範部英語科

川村健吾 20・8・21 ミンダナオ島 戦死

桜井茂人 20・1・18 千葉県 戦死

進藤義夫 20・5・2 ビルマ 戦死

高木日出雄 19・7・11 戦死

豊島篤 18・6・7 ニューブリテン島 戦病死

安川剛 20・4・28 戦死

専門学校政治経済科

小林清哉 20・7・8 ハルマヘラ島 戦死

角谷庫三 17・4・8 ニューギニア 戦死

神谷磯次郎 19・7・31 南方 戦死

亀井薫 19・10・26 ブーゲンビル島 戦死

佐久間五郎 20・10・30 ハルマヘラ島 戦死

佐野文雄 18・5・29 戦死

沢地昇山 24・8・14 マニラ 戦死

田中春寿 19・2・25 バリ島沖 戦死

高山善一郎 23・9 戦死

土屋庫太 20・1・30 比島 戦死

鳥羽忠夫 19・9・16 ニューギニア 戦死

浜田国義 20・2・20 ルソン島 戦死

桶口栄勇 20・6・10 ルソン島 戦死

福地慶蔵 20・9・11 湖南省兵站病院

藤沢源太郎 19・7・31 比島 戦死

森島三吾 19・1・15 戦死

渡辺義一 24・3・21 ソビエト 戦病死

渡部徹 20・8・17 中支 戦死

専門学校法律科

植村州利 20・5・8 湖南省 戦死

菅野邦男 20・2・23 ルソン島 戦死

鈴木全 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

三沢太郎 18・5・29 戦死

専門学校商科

石井福之助 19・3・17 ビルマ 戦死

出利葉正人 21・2・14 ボルネオ 戦病死

宇野沢起助 20・6・4 漢口 戦病死

梅原国常 南方 戦死

大井帰一 19・10・14 南方 戦死

大桐菊稚 戦死

奥村清計 19・10・12 南西諸島 戦死

加地定一 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

加藤貢 マリアナ諸島 戦死

柿沼清 沖縄 戦死

柿沼栄 20・9・19 ニューギニア、ウエワク 戦病死

金子善蔵 戦死

川綱達朗 18・3・25 戦病死

桑名明治 18・1・10 南方 戦死

小倉美年 20・4・15 戦死

小橋俊章 20・4・19 沖縄 戦死

小室喜八郎 21・10・3 ソビエト 戦病死

佐藤利夫 19・9・18 スマトラ 戦死

佐野良一 20・6・25 戦死

坂内敏朗 19・5・7 インド 戦病死

篠田精敬 20・4・16 御蔵島沖 戦死

鈴木一夫 19・8・14 ニューギニア 戦死

鈴木忠男 19・10・16 台湾東方海面 戦死

鈴木文蔵 19・7・18 サイパン島 戦死

田中隆基 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

田中弘 20・10・25 戦死

高垣祐男 20・4・19 戦死

高橋正七郎 ニューギニア 戦死

高橋良久 19・6・11 ニューギニア 戦死

橘富士雄 20・2・10 中支 戦死

棚橋郁三 18・3・15 中支 戦死

野口寿夫 20・2・24 戦死

原口正夫 19・10・31 ニューギニア 戦死

東一彦 20・4・20 ルソン島 戦死

福島力生 20・1・9 台湾沖 戦死

古川甲正 19・12・20 ニューギニア 戦死

松尾博 19・3・12 北支 戦死

三井五郎 18・1・6 アリューシャン列島 戦死

三宅和夫 20・7 ビルマ 戦死

宮倉正雄 18・5・23 シンガポール沖 戦死

宮崎昌己 20・4・20 戦死

八名正人 18・9・24 戦病死

湯山昭 19・6・25 戦死

渡辺勝 19・8・18 ニューギニア 戦死

 昭和一七年九月卒業

政治経済学部

赤松順平(昭一五専政卒) 21・6・29 諏訪海軍病院 公務死

秋山寿夫 18・10・8 ルソン島沖 戦死

伊藤敏雄 19・9・3 戦死

伊藤英之 戦死

岩間良三 18・9・12 戦傷死

小田秀太郎 19・4・11 戦死

大西昌直 19・3・8 戦死

大脇武 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

奥田卓 19・11・25 戦病死

柏木誠一 20・4・6 沖縄 戦死

蒲地安和 硫黄島 戦死

亀田準之助 19・3・2 ニューブリテン島 戦死

川生敏武 19・2・6 クェゼリン島 戦死

川崎舎正己 20・10・22 タイ 戦病死

北島雄二郎 20・7・12 比島 戦死

小泉清 20・2・8 戦死

小長谷詮 20・3・17 比島 戦死

小西喜一 18・7・12 ブーゲンビル島 戦死

小林季義 20・8・14 ルソン島 戦死

佐川雅彦 19・10・10 ルソン島 戦死

佐々木正 19・12・3 ラバウル 戦死

佐々木弘文 19・6・12 インド 戦死

佐野平八郎 19・7・8 サイパン島 戦死

菅野弥太郎(昭一五専政卒) 20・6・20 戦死

鈴木宏 19・9・30 マリアナ諸島 戦死

田端一郎(昭一五専政卒) 20・6・18 戦死

高崎明 20・8・14 マニラ付近 戦死

高屋忠敬(昭一五専政卒) 戦死

滝本尚 20・3・8 ミンダナオ島 戦死

東郷寛之 20・7・3 比島 戦死

中川孔夫 19・12・20 戦死

中河脩二 20・5・10 戦死

中村信三郎 19・10・1 アドミラルティ諸島 戦死

野瀬一 19・2・6 内南洋 戦死

芳賀淳 21・11・30 ソビエト 戦病死

林節 戦死

平沢政煌 18・11・23 東支那海 戦死

広井忠夫 20・6・14 沖縄 戦死

広方誠一 20・6・21 戦死

広瀬武夫(昭一五専政卒) 19・4・12 戦死

藤岡進(昭一五専政卒) 19・11・17 東支那海 戦死

古畑定基 20・7・27 佐多岬沖 戦死

防須正秀 20・6・17 南方 戦死

真鍋淳吾 19・12・25 ビルマ 戦死

前川浩一 20・5・5 戦死

松尾貢(昭一五専政卒) 20・4・1 バシー海峡 戦死

松島豊治 18・12・5 公病死

三浦審爾 20・4・14 戦死

宮田創造 19・8・29 雲南省 戦死

宮地喜久衛 20・4・3 北京南苑飛行場 戦死

向井義明 20・8・14 マニラ付近 戦死

村上金敬 20・8・2 ルソン島 戦死

矢沢義次 20・2・13 南支那海 戦死

山内典二 19・6・10 内南洋 戦死

山川方弐 20・6・20 戦死

油谷進 20・10 ジャワ 戦死

吉見正晴 19・9・28 戦死

法学部

粟野明紀 20・1 戦病死

五十嵐俊雄 19・12・5 台湾方面 戦死

池田亨太郎 20・6・12 ネグロス島 戦死

宇田川達(昭一五専法卒) 20・1・25 鹿児島県沖 戦死

大川六郎 20・3・13 ルソン島 戦死

大歳孟 20・2・8 ビルマ 戦死

勝間貞一(昭一五専法卒) 20・3・1 本州沖 戦死

北尻豊彦(昭一五専法卒) 19・7・8 サイパン島 戦死

栗本幸二(昭一五専商卒) 20・3・20 ビルマ 戦死

定野義雄(昭一五専法卒) 戦死

末永規敏(昭一五専法卒) 19・7・30 戦死

竹内一夫 19・7・12 支那 戦死

竹中二雄(昭一五専法卒) 20・1・7 戦死

谷口清太郎 19・8・26 戦死

近松卯一郎 19・6・29 鹿児島県沖 戦死

寺田俊一(昭一五専法卒) 20・6・2 ホロ島 戦死

長尾早苗(昭一五専政卒) 21・1・20 シベリア

長門良知 19・10・26 バシー海峡 戦死

長谷川正三 19・8・10 ビルマ 戦死

橋本五郎 20 戦死

花石博行(昭一五専法卒) 20・3・15 戦死

林隆一 20・1・12 戦死

真崎太司 20・4・12 ルソン島 戦死

松井観一 20・4 戦死

山田武治 19・8・18 戦死

吉田喜一(昭一四専政卒) 19・12 比島 戦死

吉野正己(昭一四専法卒) 17・12 ニューギニア 戦死

文学部

秋山明 19・5・31 アドミラルティ諸島 戦死

伊東保次郎 20・1・20 ルソン島 戦死

石橋和彦(昭一五商卒) 19・2・6 クェゼリン島 戦死

門脇和平 20・8・13 満州 戦死

小松崎省吾 20・6・30 レイテ島 戦死

後藤武 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

高畠完三 20・7・1 ルソン島 戦死

林信行 19・7・18 戦死

藤井雅人 19・2・1 パラオ諸島 戦死

松崎和二 19・2・2 南方 戦死

茂木徳重 20・2・9 ビルマ 戦病死

矢島静男 20・6・6 戦死

商学部

赤池東吉(昭一五専商卒) 20・1・11 ルソン島 戦死

伊賀新太郎(昭一五専商卒) 戦死

飯塚武次(昭一五専政卒) 18・7・20 戦病死

泉谷俊雄 20・9・14 戦死

上田徳 20・5・25 沖縄 戦死

小原健(昭一五専商卒) 18・6・8 柱島 戦死

大貫哲之助(昭一五専商卒) 20・5 戦死

太田進一 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

奥輝夫 19・8・27 比島 戦病死

加藤岩夫 20・6・20 ルソン島 戦死

糟谷一郎 ビルマ 戦病死

数田知正 20・4・18 戦死

川崎潔 19・10・2 バシー海峡 戦死

北川武弘 20・7・24 九州 戦死

楠本康夫 20・6・27 ルソン島 戦死

向野惇夫(昭一五専政卒) 19・10・18 ビルマ 戦死

閤司末雄 戦死

薦田庫平 戦病死

佐藤達三郎 18・12・4 父島沖 戦死

塩路泰 20・3・16 ビルマ 戦死

渋江省吾 20 比島 戦死

島谷清 28・11・17 原爆

杉本恵三 20・4・10 戦死

杉本譲治 19・7・18 戦死

杉山喜久司 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

鈴木二良 20・9・20 ニューギニア 戦病死

鈴木重興 20・5・12 ルソン島 戦死

田端武雄 21・2 満州 戦病死

平正助 19・12・19 戦死

高木正幸 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

竹内章 20・2・21 南支那海 戦死

竹鶴保雄 19 満州 戦死

近沢利信 20・5・2 戦死

築山末彦(昭一五専政卒) 19・7・8 サイパン島 戦死

鳥居吉之助 19・7・18 戦死

中田一男 19・9 ビルマ 戦死

中村幸弌 20・6・20 戦死

永岡敬造 19・7・18 戦死

長西英豊 戦死

鍋島六郎 19 戦死

仁平常恒(昭一五高師卒) 19・10・14 台湾 戦死

野木秀夫 20・7・5 ルソン島 戦死

野渡宗次 比島 戦死

藤井正次 19・7・8 マリアナ諸島 戦死

藤倉義男 20 マスパテ島 戦死

保住新吉 19・2・28 戦死

細川正人 19・7・15 ビルマ 戦死

三雲貞世 19・8・18 バシー海峡 戦死

御室尚久 19・7 サイパン島 戦死

毛利竜弥 20・3・20 比島 戦病死

望月恕輔 19・7・18 サイパン島 戦死

望月剛 戦死

矢崎俊平 21・5・18 南京陸軍病院 戦病死

山下勲(昭一五専商卒) 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

横尾信一 19・3・11 殉職

吉沢正章(昭一四専商卒) 20・1 比島 戦死

吉田大六 19・3・5 戦死

米谷徳也 18・11・25 ギルバート諸島 戦死

渡辺洪 19・8・2 テニアン島 戦死

渡辺竜 20・8・8 ボルネオ 戦死

理工学部

伊藤大助 戦死

池田又次郎 戦死

大滝幸雄 20・4・10 比島方面 戦死

小西中和 20・8 戦死

高尾進 20・5・26 戦死

滝藤三郎 18・11・25 台湾 戦死

津島稔一 宮古島 戦死

寺尾豊 19・1・19 南方 殉職

中島義雄 20・2・28 ルソン島 戦死

中山光康 19・7・8 サイパン島 戦死

浜辺直之 20・6・10 ルソン島 戦死

古橋光一 19・8・9 南西諸島 戦病死

細野秀夫 19・10・18 マニラ 戦死

三宅恒好 20・4・24 戦死

村瀬博 20・4・28 比島 戦死

薬師寺直輔 20・4・14 比島 戦死

専門部政治経済科

相沢章 20・9・3 湖南省 戦死

明石(旧姓金子)宗一 18・12・23 戦病死

秋山千里 20・4・6 南西諸島 戦死

浅田穣一 20・3・17 硫黄島 戦死

浅野隆 19・11・14 ブーゲンビル島 戦死

安藤喜一 20・4 戦死

伊左治満男 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

伊藤平二 19・10・10 戦死

出雲正雄 19・11・29 戦死

今井晃 19・7・5 東支那海 戦死

上野能布 19・3・7 ブーゲンビル島 戦死

内海豊 20・4・26 戦死

江沢敏夫 20・4・28 南西諸島 戦死

小田幸八 19・9 サイパン島 戦死

小野正義 19・12・13 ネグロス島沖 戦死

尾瀬戸信 戦死

大城戸国雄 19・7 戦死

大谷秋夫 19・12・5 ミンダナオ海 戦死

大西寿一 19・1・25 ニューブリテン島 戦死

岡本次郎 18・5・20 マーシャル諸島 戦死

荻野照夫 20・3・18 比島 戦死

加藤照彦 19・9・30 マリアナ諸島 戦死

加藤裕正 20・1・3 台湾沖 戦死

木島八洲夫 20・6・26 ルソン島 戦死

木村重達 20・4・20 戦死

京井秋行 戦死

桐山一夫 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

小泉弘 20・6・20 沖縄 戦死

小林文男 21・10・25 戦死

佐々木潔 20・6・17 ルソン島 戦死

佐々木好次 20・7・1 レイテ島 戦死

佐野茂保 19・5・27 戦病死

斎藤誠一 20・6・10 ミンダナオ島 戦死

斎藤善夫 19・10・16 戦死

菅波亮 20・3・3 ビルマ 戦死

菅又主 18・9・12 戦死

鈴木日出男 20・6 比島 戦死

関幸夫 19・10・18 戦死

高木勉 20・6・26 戦死

高橋肇 20・10 南方 戦死

棚沢一雄 20・6 戦病死

寺村勝次 20・7・20 比島 戦死

富安俊助 20・5・14 南西諸島 戦死

冨田章 19・4・25 ニューギニア 戦死

西郡実 20・8・26 熊本第一陸軍病院 戦病死

西山雅敬 19・12・11 レイテ島沖 戦死

沼知好一 20・4・21 ニューギニア 戦死

沼本竜男 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

平塚久 19・1・10 黄海 戦死

福島住久 20・3・9 南京 戦死

福田栄一 19・12・3 サイゴン 戦死

細井靖明 19・10・22 湖南省 戦病死

堀角忠之 17・12・1 戦病死

増田清 戦死

松本寿一郎 20・8・14 ルソン島 戦死

三国茂 18・7・22 戦死

宮崎正三 19・10・5 台湾沖 戦死

宮崎久雄 20・7・15 ミンダナオ島 戦死

宮村嘉信 20・6・15 比島 戦死

冥賀章 19・10・7 戦病死

村田立亘 19・8・18 ヌンフォール島 戦死

森本一惣 20 戦死

矢口剛 20・6・22 戦死

安田稔 19・5・27 ニューギニア 戦死

山本孝輔 20・2・25 ルソン島 戦死

横山金重 20・4・3 戦死

吉田豊彦 19・7・23 ビルマ 戦死

吉原良蔵 20・4・22 戦死

吉村喜代太 18・8・4 戦病死

渡辺達男 20・1・12 ルソン島 戦死

渡辺信男 20・7 戦死

専門部法律科

阿部正之助 20・7・28 戦死

麻生裕 21・2・5 ソビエト

荒川忠雄 20・7・26 戦死

井手剛 20・6 ネグロス島 戦死

石田武雄 21・1・16 戦死

磯部博之 19・3・19 戦死

岩田博 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

遠藤文雄 20・5・17 ルソン島 戦死

小栗信夫 20・1・5 ビルマ 戦死

太田正安 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

逢坂哲也 20・8・30 ネグロス島 戦死

岡本公夫 19・5・20 広島陸軍病院 戦病死

川島勲 19・10・18 ルソン島沖 戦死

川本雄三 20・3・28 ビルマ 戦死

北風伊八郎 24・10・5 ソビエト 戦病死

清洲哲郎 19・7・16 漢口 戦病死

桑山喜作 20・5・31 ルソン島 戦死

郡司隆雄 戦死

小松原正司 19・12・31 ペリリュー島 戦死

後藤貞士 23・7・8 ソビエト 戦病死

合田尊司 19・8・1 ビルマ 戦死

佐藤光一 20・3・5 ルソン島 戦死

斎藤純 19・12・5 ダバオ 戦死

斎藤勉 19 戦死

斎藤恒彰 20・8・10 ルソン島 戦死

沢口賢治郎 20・5・31 レイテ島 戦死

下村政夫 19・10・12 戦死

菅谷祐吉 20・1・16 戦死

杉田徳次 19・11・12 戦死

鈴木久徳 戦死

鈴木安巳 戦死

曾根寛 20 戦病死

田島慎三 19・10・14 ビルマ 戦死

高木裕 19・8・14 ブーゲンビル島 戦死

高橋長三郎 20・6・26 沖縄 戦死

谷信鋭 20・3・31 南西諸島 戦死

津田計之 戦死

寺田佐太郎 20・6・30 比島 戦死

中里正勝 20・4・24 戦死

中山健治 20・9・14 満州 戦病死

永田鉱司 ネグロス島 戦死

西川博 20・4・12 南西諸島 戦死

浜野秀一 20・6・22 戦死

半那尚治 20・4 戦死

藤田六郎 19・7・18 中部太平洋 戦死

船城太郎 20・3・12 台湾海峡 戦死

前田勇 20・10・30 漢口 戦病死

松井宏 19・7・30 戦病死

三輪知雄 20・6 ルソン島 戦死

森本直志 20・6・18 ルソン島 戦死

安田利夫 19 ルソン島 戦死

山田清四郎 20・3・5 戦死

山谷慎三 20・5・17 戦死

横川正 19・2・21 ニューブリテン島 戦死

専門部商科

青野彦一 19・10・16 戦死

足助一 20・7・25 南方 戦死

荒川猛 20・7・27 インド洋 戦死

新井喜一郎 19・5・23 インパール付近 戦死

五十嵐清一 19・7・21 ビルマ 戦死

石坂友喜 20・8・13 牡丹江省 戦死

石見文男 20・4 南西諸島 戦死

板倉正 戦死

板津吉弘 20・3・8 戦病死

岩崎藤一 19 戦死

氏家和雄 19・5・7 比島 殉職

内山吉太郎 19・11・15 マニラ 戦病死

小倉嘉一 20・6・30 マニラ付近 戦死

小野芳雄 20・5・29 比島 戦死

小原景一 戦死

緒方申介 20・4・12 戦傷死

大江法海 21・2・24 ソビエト

大阪昇 19・10・13 中支 戦死

大塚昌二郎 戦死

大西哲夫 18・5・29 アッツ島 戦死

大西才一 19・9・5 ビルマ 戦傷死

大西保美 19 戦死

金井芳治 山東省 戦病死

金子啓 20・6・16 戦病死

金子正彦 20・2・15 ルソン島 戦死

金子泰二郎 19・9・10 戦病死

河村博 20・7・1 戦死

河村善郎 19・8・27 呉沖 殉職

神林淳 20・5・28 南方 戦死

北林唯雄 20・6・10 マニラ付近 戦病死

久野勝義 19・6・22 ニューギニア 戦死

小沢正博 18・12・29 安徽省 戦死

小林徳平 19・12 ニューギニア 戦死

小山登喜男 20・3 九州沖 戦死

金野廉司 20・1・21 ルソン島 戦死

佐藤祐一 20・4・5 戦死

斎藤正信 20・3・17 硫黄島 戦死

桜井兼道 戦死

沢田卓三 20・5・21 沖縄 戦死

白城健一郎 20・4・4 沖縄 戦死

鈴木林三 20・8・6 広島 戦死(原爆)

砂畑耕作 20・5・4 台湾方面 戦死

高亀寿 20・7・7 ルソン島 戦死

高橋敦 19・1 戦死

高橋久夫 20・4・3 南西諸島 戦死

竹内克巳 19・10・19 ビルマ 戦病死

竹田知多雄 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

津川明夫 20・7・4 ルソン島 戦死

戸川信也 20・2・1 レイテ島 戦死

豊田耕一 20・1・25 戦死

名越彰 20・4・23 戦死

中西義忠 20 バターン半島 戦死

中村圭一 20・7・13 ルソン島 戦死

長尾重成 戦死

西田勝介 20・1・13 戦死

橋本竜馬 20・5・7 戦死

服部康男 20・7・9 ルソン島 戦死

半沢久次郎 19・1・20 ルソン島 戦死

平岡隆達 19・1・16 九州沖 戦死

平野好樹 19・10・2 戦死

福居英雄 20・4・20 戦死

藤田章 20・4・11 ルソン島 戦死

堀川哲司 19・11・28 比島方面 戦死

松岡秀次 戦死

三村一夫 20・3・10 戦死

森敏郎 20・5 比島 戦死

両角金吾 19・6・29 戦死

矢木久雄 19 戦死

安武正 22・3・11 戦病死

横尾功 19・10・2 戦死

吉田勝太郎 22・9・12 大垣市栗屋町(自宅) 戦病死

吉田与志雄 20・5・15 ルソン島 戦死

専門部工科

安藤千秋 戦死

石井進一 ルソン島 戦死

石坂友嗣 20・3・17 硫黄島 戦死

稲田謙二 20・6・17 沖縄 戦死

今井春男 20・8・9 旅順 戦病死

内海竜夫 18・11・19 戦病死

大木正美 20・6・26 比島 戦死

桶本篤造 戦死

笠井富夫 20・5・30 台湾 戦病死

神山敬二郎 19・7・16 比島 戦死

川上栄市 20・4・9 ネグロス島 戦死

北治 19・7・8 マリアナ諸島 戦死

木村凡夫 戦死

久保田敏夫 戦死

小堀正雄 20・5・15 戦死

酒井顕 19・5・20 ニューギニア 戦死

島屋関三 19・7・16 戦死

鈴木照彦 戦死

田代貞男 戦死

田辺準二 比島 戦死

武山茂一 戦死

玉木政雄 19・10・25 比島 戦病死

土田栄司 戦死

永峰哲志 20・7・12 戦死

東山庸 戦死

広野晴吾 20・5・6 ネグロス島 戦死

藤本武雄 19・6・12 沖縄 戦死

舟橋卓次 20・5・28 沖縄沖 戦死

細川海郎 19・2・26 ニューギニア沖 戦死

本間早苗 19・10・25 満州 戦病死

松崎政三 20・7・10 比島 戦死

松下篤弘 20・3・28 中支 戦死

松本健 20・6・30 レイテ島 戦死

水村進 24・4・24 戦死

宮本照雄 21・4・16 戦死

森昌隆 戦死

森永昌雄 20・5・20 ネグロス島 戦死

吉岡浩 20・4・24 比島 戦死

若山実 20・4・30 戦死

脇田凌 20・1・28 湖北省 戦死

高等師範部国語漢文科

阿部正 20・1・17 ルソン島 戦死

家次左近 19・7・3 黄海 戦死

加古純夫 20・8・20 マニラ付近 戦死

茂倉光 19・10・18 比島沖 戦死

仙波勝 20・8・10 戦死

谷口申一 22・2 戦病死

山形喜一 20・3・26 戦死

高等師範部英語科

鈴木保和 戦死

田村澄雄 20・5・23 沖縄 戦死

武村襄治 19・12・21 北支丁家荘荘科 戦死

内藤厚 19・12・25 ソロモン諸島 戦死

馬場昮 19・11・17 済州島沖 戦死

専門学校政治経済科

青木康作 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

伊藤捨雄 19・7・18 戦死

伊藤政治 19・10・6 ニューギニア 戦死

伊東猛 19・2・27 戦死

池田一郎 18・9・19 ニューギニア 戦死

石神広始 20・4・5 ルソン島 戦死

石黒嘉高 19・5・20 戦死

市川正良 19・6・5 ニューギニア 戦死

遠藤吉之助 20・5・19 戦死

小川金次郎 20・2・22 戦死

大河原重男 20・7・7 比島 戦死

大西修 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

太田一夫 20・4・5 ネグロス島 戦死

片柳清司 18・12・18 戦死

勝又敬 20・4・1 南西諸島 戦死

川崎省三 20・7・1 戦死

川原泰和 20・6・15 ルソン島 戦死

金原清 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

黒川豊 19・2・17 トラック島 戦死

小財信次 19 戦死

国分万寿男 20・7・22 ビルマ 戦死

佐藤徳平 20・7・25 ルソン島 戦病死

斎藤卓弥 20・7・26 ビルマ 戦死

桜井祐吉 20・5・31 レイテ島 戦死

島田武雄 19・8・26 南アンダマン島 戦死

白石豊治 19・1・11 ニューギニア 戦病死

鈴木竜太郎 20・4・2 ビルマ 戦死

瀬川広 20・2・15 比島 戦死

関根四郎 20・7・10 マニラ付近 戦死

田中由孝 19 沖縄 戦死

高橋博 19 セレベス 戦死

高橋義一 19・9・30 戦死

戸辺富三郎 20・7 戦病死

東条正輝 20・4・19 ルソン島 戦死

中村久 19・8・29 ニューギニア 戦死

橋本夫 20・12・30 パレンバン 戦死

林弘之 20・4・13 ブーゲンビル島 戦死

藤井千代男 20・8・9 牡丹江省 戦死

藤田勉 20・12・1 アンダマン諸島 戦病死

深山藤八 20 沖縄 戦死

南寅四郎 20・6 戦死

村岡寿三郎 戦死

望月繁雄 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

山川熊蔵 19・10・15 ビルマ 戦死

山谷寅夫 19・3・25 戦死

吉田誠也 19 戦死

吉野寛一 19・11・16 福建省 戦死

米沢光義 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

専門学校法律科

安中宏 19・7・28 ビルマ 戦死

新井隆 戦死

伊原栄一 19・11・25 広西省 戦死

生駒繁雄 20・7・23 ビルマ 戦死

石井正久 20・3・28 東支那海 戦死

乾睦雄 19 南方 戦死

小田道次 19・2・28 ニューギニア沖 戦死

大月茂 19・10・22 戦死

亀岡鹿男 19・9・30 南方 戦死

北林正直 20・1・24 ニューギニア 戦死

坂倉次郎 20・4・9 金華山沖 殉職

猿渡賢 マニラ 戦死

清水繁 20・3・17 ビルマ 戦死

白柳亘 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

鈴木酉雄 20・6・3 沖縄 戦死

土田庄兵衛 20・4・25 ルソン島 戦死

古郡光弘 20・1・14 比島 戦死

松本利三 18・12・15 戦病死

百瀬秀清 20・4・19 戦死

山村孝一 19・8・20 ビルマ 戦死

横山実 20・7・29 ルソン島 戦死

吉池末雄 19 南方 戦死

専門学校商科

明戸喜一郎 20・7・10 ミンダナオ島 戦病死

井上力 20・4・4 東支那海 戦死

石井秀男 19・12・1 ニューギニア 戦死

石下英夫 20・3・19 沖縄上空 戦死

稲葉定吉 19 南方 戦死

稲見彰雄 19 戦病死

宇田川福男 戦死

大塚和信 20・6・20 沖縄 戦死

岡二男 20・1・12 比島沖 戦死

岡村四郎 20・8・13 ルソン島 戦死

奥田富男 20・3・1 中支 戦死

勝見史郎 19・11 ニューギニア 戦死

川上政治 19・7・18 サイパン島 戦死

川嶋寛 19・3・16 北方 戦死

草野和 戦死

小関充弘 19 戦死

児玉明 20・6・18 千島列島 戦死

後藤克夫 19・11・13 広西省 戦病死

佐々木茂 20・6・20 ルソン島 戦死

佐野全甫 20・8・13 満州 戦死

坂出理 18・5・14 戦病死

酒井二郎 20・2・18 コレヒドール島 戦死

清水広 20・5・22 タラカン島 戦死

新堀清 19・2・15 戦死

諏訪三郎 20・3・17 戦死

杉山清人 19・7・18 戦死

鈴木一 20・7・3 南九州 戦死

千田修 19・7・18 サイパン島 戦死

田中新太郎 20・5・26 ルソン島 戦死

田中米吉 ハルピン 戦病死

高瀬勝美 20・5・1 ビルマ 戦死

高橋聡 支那 戦病死

友部満治 18・12・1 ニューギニア 戦死

豊島洋 21・2 戦死

中島孝 20 硫黄島 戦死

仲野義一 20・7・30 江西省 戦死

野崎通治 20・2・24 戦死

野根俊長 19・8・13 南方 戦死

長谷川和世 20・3・17 硫黄島 戦死

林博男 19・3・23 沖縄 戦死

松下政行 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

松本熾 戦死

三輪利夫 20・6・5 レイテ島 戦死

味野和博 20・8・16 戦病死

矢尾恒次 20・6・27 比島 戦死

山上健一郎 沖縄 戦死

山中和吉 20・4・20 比島 戦死

吉田脩 20・8・14 ルソン島 戦死

吉原東一 21・8・9 ビルマ 戦死

 昭和一七年一〇月専門学校政治経済科中退

五味(旧姓都倉)宗治 20・4・24 比島 戦死

 昭和一八年九月卒業

政治経済学部

秋山邦彦 20・9・1 広島 戦病死(原爆)

石井欣也 19・12・7 比島 戦死

市田修 20・6・24 湖南省 戦死

岩男守雄 20・1・25 ルソン島 戦死

岩本和夫 19・8・18 パラオ諸島 戦死

小野沢元治 20 比島 戦死

大石康利 19・10・19 戦死

岡村義夫 20・8・11 首里陸軍病院 公傷死

奥田寧 20・7・13 ビルマ 戦病死

押田良造 19・12・10 戦病死

海瀬仙三郎 戦死

梶木義之(昭一六専商卒) 19・6・9 戦死

川北宏 20・4・14 朝鮮沖 戦死

木村源治(昭一六専政卒) 20・8・13 満州 戦死

木村正則 19・12・31 ペリリュー島 戦死

国東孝麿 20・4・20 比島 戦死

坂根敏孝 19・7・21 中支 戦死

阪口治平 19・6・8 湖南省 戦死

酒井盛雄 20・8 満州 戦死

篠原行忠 20・6・9 朝鮮沖 戦死

島崎春雄 19・7・3 戦死

須田八郎 19・8・18 比島 戦死

鷲見保 20・2・6 ルソン島 戦死

関根茂 20・6・20 沖縄 戦死

田口亀之丞 20・4・15 台湾 戦死

田口朝雄 20・11・30 ソビエト 戦病死

田口博忠 19・12・7 比島 戦死

田島利治 19・7・4 小笠原諸島沖 戦死

竹内征正 20・6・22 舞鶴方面 戦死

土屋毅 19・8・5 中支 戦病死

綱島弘成(昭一六専政卒) 19・3・9 戦病死

鳥巣栄一 19・2・8 戦死

中川理 20・9・19 ビルマ 戦死

中本佐次郎 戦病死

野口不二雄 19・11・17 東支那海 戦死

橋本幸夫 20・2・27 硫黄島 戦死

浜野清喜 20 比島沖 戦死

広島幸益 20・4・26 戦死

細木靖己 20・4・10 セブ島 戦死

細萱惇一 19・11・23 パラワン島 戦死

松田政信 戦死

松本康次 19・10・4 戦病死

村上昇 20・4・23 戦死

村松幸太郎 19・10・25 レイテ島沖 戦死

森田豊 19・12・5 三重県 殉職

山口陽一 19・10・26 南支那海 戦死

横山輝衛 20・5・6 南西諸島 戦死

渡辺一男(昭一六専政卒) 19・8・18 戦死

法学部

浅井乙彦 20・1・9 台湾沖 戦死

麻田宏 20・1・23 戦死

井原剛太 20・3・18 九州南東海面 戦死

飯田登(昭一六専政卒) 20・3・13 南支那海 戦死

生田周一郎 19・11・29 紀州沖 戦死

石井幸雄 20・9・27 戦死

小野一男(昭一六専政卒) 20・2・25 比島 戦死

大井健一(昭一六政経卒) 戦病死

大磯浩(昭一六専政卒) 20・6・20 沖縄 戦死

奥村(旧姓山瀬)俊弥 20・5・1 北海道南方海面 戦死

笠原越朗 20・4・28 南西諸島 戦死

河野静蔵 20・7・1 レイテ島 戦死

岸泰弘 戦死

岸本嘉重 19・10・14 東支那海 戦死

小谷徹也 19・10・24 松輪島 戦死

小林芳彦 19・11・12 戦死

佐藤保 20・2・15 戦死

佐藤徹男 19・10・27 比島沖 戦死

沢重保基(昭一六専政卒) 20・2・6 比島沖 戦死

柴田与三治(昭一六専商卒) 20・7・28 ルソン島 戦死

田宮和雄 19・10・24 比島沖 戦死

竹中康夫(昭一六専法卒) 19・3・11 中支 戦病死

館野正八(昭一六専法卒) 戦死

土井四郎 19・11・13 マニラ湾 戦死

鳥沢一彦 19・9・4 戦病死

西川博夫 19・7・3 北支 戦病死

西口茂 20 戦災死

浜武源之亮(昭一六専法卒) 20・3・17 戦死

原敦郎 20・1・12 ニューギニア 戦死

桧原徹郎 19・12・26 高雄陸軍病院 戦病死

桝見良雄 20・4・6 南西諸島 戦死

松崎島太郎 20・1・12 霞ケ浦 殉職

宮本十三 20・4・6 南西諸島 戦死

山口四郎 20・5・6 台北 戦病死

山路毅一 19・6・4 満州 戦死

山下勝久(昭一六専法卒) 20・5・11 南西諸島 戦死

文学部

石井涌治 20・1・27 戦死

石川弘 20・3・21 比島 戦死

池崎修吉 20・3・17 硫黄島 戦死

尾崎清次(昭一六高師卒) 20・2・22 支那 戦死

加藤高成 19・9 戦病死

金田穂積 20・1 戦死

喜多徳春(昭一五専政卒) 20・12・4 戦死

窪田茂二郎 21・2・10 ソビエト 戦病死

郷戸周光 19・12・2 宗谷海峡 戦死

多菊裕 20 沖縄 戦死

林隆乗 19・10・24 セブ島 戦死

久田元 19・11・20 ニューギニア 戦病死

藤崎泰生 19・8・4 戦死

松場進(昭一六専政卒) 20・4・16 南西諸島 戦死

宮原礼吉 19 中支 戦死

商学部

明石実 20・3・28 九州沖 戦死

秋沢武治 20・2・5 戦死

蘆田三郎 19・9・12 比島 戦死

渥見宏之助 19・11・26 ニューギニア 戦死

井上孟 20・4・20 比島 戦死

飯尾文一 20・5・15 比島 戦死

飯塚昇三 19・8・19 満州 戦病死

石川吉郎 20・5・13 九州南方海面 戦死

猪田真市 20・12・26 ビルマ 戦死

市村健次 20・7・16 大湊 殉職

小川芳男 20・4・27 ルソン島 戦死

尾崎正芳 20・7・15 レイテ島 戦死

奥田正俊 19・5・9 戦死

賀田金武 20・3・4 南支那海 戦死

梶原哲夫 20・7・28 ビルマ 戦死

勝俣智 19・5・3 ニューギニア 戦死

金山光夫 20・1・20 中支 戦死

神谷実 19・12・15 比島沖 戦死

木下房次 20・8・15 牡丹江 戦死

久保田伊八 19・9・27 中支 戦病死

倉橋弘(昭一六専商卒) 20・3・24 東支那海 戦死

栗山進(昭一六専商卒) 20・6・20 ルソン島 戦死

小池英毅 20・7・19 ルソン島 戦病死

小出治郎 20・4・14 朝鮮南方海面 戦死

児玉秀雄 20・5・29 比島 戦死

高良俊一 20・7・16 ルソン島 戦死

佐々木五郎 20・7・1 戦病死

坂本竜男 20 中支 戦病死

桜田尚 19・9・14 台湾沖 殉職

篠原弘 20・2・16 マニラ 戦死

島田良彦 20・1・12 仏印 戦死

島村正直 20・1・8 台湾沖 戦死

鈴木実 19・12・22 レイテ島 戦死

炭谷茂治 20・4・6 広東省沖 戦死

瀬藤定雄 20・5・21 マニラ 戦死

積治男 20・2・18 千葉方面 殉職

田中博吉 19・7・22 中支 戦死

高梨敏夫 20・5・3 ミンダナオ島 戦死

高橋健男 20・4・16 南西諸島 戦死

高橋宏 20・7・3 レイテ島 戦死

東郷忠夫 20・4・13 戦死

富岡義明 戦死

奈良順正 19・11・9 九州南方 戦死

中村正芳 20・4・24 比島 戦死

根尾久男 20・3・11 ウルシー島 戦死

根岸達郎 20・4・16 南西諸島 戦死

野依寛 19・11・5 ルソン島 戦死

橋積亮一 20・7・14 釜石沖 戦死

秦亮三 20・5・5 朝鮮沖 戦死

服部善四郎 19・5・12 北支 戦死

林浩一 20・6・15 戦死

林田稔 20・1・31 ルソン島 戦死

平野彦太郎 20・8・16 牡丹江省 戦死

布施久義 19・12・11 ニューギニア 戦死

藤野義太郎(昭一六専商卒) 19・9・12 セブ島 戦死

古川三朗 20・5・31 関東地方中部 殉職

堀内宗孝 20・5・4 比島 戦死

前田清 19・8・6 ハルマヘラ島 戦死

前田四郎 20・5 ネグロス島 戦死

増田茂 19・11・18 比島沖 戦死

松井清 19・12・19 比島 戦死

松本正喜 20・10・12 ビルマ 戦病死

三輪定治 19・12・20 比島 戦死

宮沢輝男 19・7・4 戦死

村上博治(昭一六専法卒) 20・4・24 比島 戦死

八十川政太 19・10・25 比島 戦死

柳下文吾(昭一六専法卒) 20・3・31 北支 戦死

山田勝三 19・8・14 マニラ 戦死

山下太郎 19・9・7 湖南省 戦死

山田善一 20・10・3 広島 公傷死(原爆)

由利繁(昭一六専法卒) 戦死

吉村健正 20・4・2 沖縄 戦死

若松茂太 20・3・16 マレー 戦死

理工学部

青柳日升男 20・5・9 小笠原諸島 戦死

岩井庸弥 19・12・27 マリアナ諸島 戦死

小岩屋三郎 19・10・17 東支那海 戦死

坂田一雄 19・10・16 台湾沖 戦死

酒井義高 20 戦死

柴田三郎 20・12・29 シベリア 戦病死

滝口勲 20・7・1 レイテ島 戦死

内藤俊治 18・12・29 戦死

畑林為明 19・4 江西省南昌付近 戦死

広川和男 20・2・2 戦死

吉田忍 20・6・20 沖縄 戦死

専門部政治経済科

足立恭平 20・6・28 比島 戦死

阿曇武彦 戦死

浅田恵造 19・10・25 比島沖 戦死

網倉松男 20・8・7 上海 戦病死

井上徳太郎 20・8・14 満州 戦死

伊藤十一 19・10・28 北支 戦死

磯貝巌 20・5・4 南西諸島 戦死

市川清 20・5・25 セブ島 戦死

岩間康夫 19・5・22 戦病死

岩松建吾 20・6・10 ルソン島 戦死

岩本京一 20・4・6 南西諸島 戦死

打保潔 20・6・10 東京上空 戦死

大内達良 20・10・6 台湾 殉職

大橋謙三 21・4・2 ソビエト

近江正夫 21・10・4 戦死

岡村修而 中支 戦死

木村司郎 20・4・12 南西諸島 戦死

木村守雄 戦死

倉橋孝 20・2・24 柏陸軍病院 戦病死

後久正雄 20・5・2 海南島方面 戦死

坂本修三 20・8・2 ボルネオ 戦病死

下坂良太郎 20・6・30 ルソン島 戦死

須山佳市 20・4・28 戦死

鈴木清二 20・5・23 戦死

鈴木寿 20・6・14 戦死

関口政吉 19・9・21 バシー海峡 戦死

田中清 19・12・31 ニューギニア 戦病死

民屋豊三 20・3・10 戦災死

筒井富次 20・3・18 九州上空 戦死

西崎元啓 20・6・16 ルソン島 戦死

信田康次 20・6・19 戦死

登里武吉 20・8 戦死

二葉清 20・3・18 戦死

宮下義夫 20・1・27 比島 戦死

宮島明 19・12・24 台湾沖 戦死

村永伸朔 21・1・26 戦死

米良英一 20・1・8 高雄沖 戦死

森永茂良 20・1・25 南方 戦死

矢藤勝 22・7・23 ソビエト 戦病死

梁田浩祐 19・11・16 戦病死

簗田雄二 20・7・30 ルソン島 戦死

吉田英一郎 20・8・13 牡丹江省 戦死

和田周哲 19・10・14 マニラ沖 戦死

渡辺馨 20・2・11 マニラ上空 戦死

渡辺俊 19・12・26 北支 戦死

渡辺博 20・4・24 比島 戦死

専門部法律科

赤坂賢一 20・8・30 比島 戦病死

赤羽庸助 19・11・24 海南島沖 戦死

明石二郎 20・7・22 広東省 戦病死

粟野文雄 19・11・12 東支那海 戦死

石井徳一 20・6・16 ルソン島 戦死

石村真 20・12・25 ソビエト 戦病死

板倉弥太郎 20・7・18 戦死

市島達生 20・7・13 戦死

大谷恒太郎 19・12・9 愛知県 殉職

大那仲太郎 20・8 戦死

奥野純一 20・6・18 ルソン島 戦死

勝又勝雄 20・5・4 南西諸島 戦死

兼森武文 20・4・16 南西諸島 戦死

神岡清 戦死

川村正三郎 20・3・19 比島 戦死

河野貞雄 19・6・29 戦死

河野昇 20・4・9 宮城県沖 殉職

岸良彦 20・6・11 本州北方 戦死

木村光太郎 20・8・13 戦死

小島博 20・1 戦死

小林英男 バシー海峡 戦死

小山利邦 18・12・16 東支那海 戦死

坂野隆一 19・8・3 ニューギニア 戦死

笹木了介 19・3・11 台湾 戦死

塩田勘六 20・3・10 戦災死

清水清造 20・7・28 渤海 戦死

立石義正 20 比島 戦死

富樫誠 20・3・10 ルソン島 戦死

仲宗根玄秀 19・7・16 戦死

長崎勲 20・9・1 牡丹江省 戦死

秦正雄 19・12 戦死

林正章 20・8・14 東安省 戦死

平野太一 19・5・6 北支 戦病死

松田年男 19・12・23 ルソン島 戦死

牟田口忠雄 20・4・10 台湾沖 戦死

望月長之 20・7・25 朝鮮 殉職

矢野虎之助 戦死

山口好彦 21・2・25 戦死

吉江一行 20・10・3 平 戦病死

吉田敏男 20・7・3 戦死

吉野清春 戦死

専門部商科

青木信雄 20・6 中支 戦死

青木直文 20・8・23 山東省 戦死

安藤裕 20・5・11 ホロ島 戦死

荒井政義 19・11・17 台湾比島間 戦死

石川英一 20 戦死

海野明 20・8・1 マニラ 戦死

大賀亘 19・10・14 高知県 殉職

川部裕 20・4・3 南西諸島 戦死

川村芳太郎 20・5・1 戦死

金森美世雄 20・7・24 ボルネオ 戦死

上条俊雄 19・11・22 戦死

神谷淳夫 20・7・20 ルソン島 戦死

菊池主計 京城陸軍病院

栗原周策 19・7・30 ルソン島 戦死

桑名幸生 20・5・18 ルソン島 戦死

小林康祐 19・10・18 戦死

佐藤清 20・4・20 ルソン島 戦死

坂口良一 20 沖縄 戦死

志村達夫 20・3・25 ルソン島 戦死

田中正哉 戦死

武宮寛 ルソン島 戦死

伊達弘士 19・11・17 比島 戦死

中谷英夫 20・3・1 支那 戦死

長友睦夫 20・5・28 ルソン島 戦死

林田繁 20・2 大阪市上空 戦死

古屋義道 20・3・10 ルソン島 戦死

牧ノ内幸雄 20・5・28 南西諸島 戦死

三浦誠也 19・10・24 比島沖 戦死

美田和三 19・12・2 呉 殉職

南正夫 22・10・24 ソビエト 戦病死

村田博 20・6・20 沖縄 戦死

森下正蔵 19・5・15 戦死

安田道也 19・8・19 中支 戦死

吉川浅次 21・1・9 ソビエト 戦病死

鷲尾侃 20・4・6 南西諸島 戦死

専門部工科

伊堂寺正義 19・12・30 南支那海 戦死

碇山達也 20・5・4 本州南方海面 戦死

石坂幹雄 19・7・4 戦死

市吉領介 20・4・12 福山 殉職

上野喜八郎 19 レイテ島 戦死

植木博 20・7・28 南西諸島 戦死

遠藤順二 戦死

及川文夫 20・3・21 ルソン島 戦死

岡部幸夫 20・5・11 南西諸島 戦死

風間健一 20・4・30 ミンダナオ島 戦死

甲藤謙 20・4・17 南西諸島 戦死

兼岩璋房 19・10・17 比島 戦死

倉橋太郎 19・10・6 マニラ沖 戦死

小林博 20・3・29 内地 戦死

近藤昌臣 戦死

斎藤喜一 20・1・7 比島方面 戦死

島橋明 19・10 アンガウル島 戦死

菅野富三郎 21 戦病死

妹尾莞爾 20・8 戦死

田中重信 20・3・10 戦災死

外山敬一郎 19・11・1 中支 戦死

鳥居雪男 20・5・3 鹿屋 戦死

永尾武士 19・12・27 比島 戦死

永松彰 戦死

野田政男 20・2・20 仏印沖 戦死

槙野正 20・3・17 硫黄島 戦死

益田博孝 20・6・20 沖縄 戦死

松岡久夫 20・8・2 戦病死

三上市郎 21・3 戦死

宗像光昭 19・7・5 戦死

森幹雄 20・1・5 硫黄島 戦死

森川敏郎 戦死

山田実 19・10・13 茨城県 殉職

高等師範部国語漢文科

伊東章 20・7・9 横須賀海軍病院 戦病死

隠岐豊郎 22・5・7 戦病死

椎根正 20・6・26 南西諸島 戦死

富永政敏 20・2・13 中支 戦病死

西村時紹 20・2・6 ルソン島 戦病死

藤井義照 20・5・31 茨城県 戦死

別所太郎 21・3・8 戦病死

山田勇 20・4・8 南西諸島 戦死

高等師範部英語科

遠藤宏 20・9・26 江蘇省 戦病死

高野寛 20・3・23 東支那海 戦死

対馬剛 20・8・29 戦死

藤井治雄 20・6 ビルマ 戦死

山川道治 19・10・15 戦病死

専門学校政治経済科

阿部哲郎 20・3・1 中支沖 戦死

天宮融 19・9・30 グアム島 戦死

井料鉄五郎 20・6・18 朝鮮沖 戦死

伊藤定二 20・5・6 沖縄 戦死

伊藤直誉 20・4・6 南西諸島 戦死

石川功 20・8・25 戦病死

石川十三治 20・1・4 モロタイ島 戦死

板野万蔵 20・3・10 戦災死

稲葉好 19・12・31 ルソン島 戦病死

上野順宣 20・6・15 沖縄 戦死

織田健一 20・9・26 支那 戦死

大沢武夫 戦死

大島為義 20・1・7 比島 戦死

大谷時雄 戦死

岡英男 ビルマ 戦死

沖野輝己 20・7・7 戦死

金沢正喜 戦死

河原照二 20・3・28 南西諸島 戦死

北川一郎 20・4・10 南西諸島 戦死

黒沢末蔵 20・6・23 戦死

小関俊明 20・6・2 ミンダナオ島 戦死

古田島啓吉 19・12・20 レイテ島 戦死

佐野政男 19・10・14 支那 戦死

坂野孝作 19・12・8 戦死

志沢保吉 20・4・6 南西諸島 戦死

下山田茂友 20・8・2 ルソン島 戦死

鈴木一 戦死

多昌政治 19・11・20 明治基地 殉職

高杉寿人 20・3・13 南支那海 戦死

高橋金兵衛 20・8・17 横須賀野比病院 戦病死

高橋久雄 19・9・26 東港 殉職

高橋広美 20・8・15 戦死

竹内進 20・1 ニューギニア 戦死

館野精司 19・12・5 マリアナ諸島 戦死

玉田民安 20・4・30 南西諸島 戦死

豊田研二 20・8・21 戦死

長塚守一 20・2・1 カミギン島沖 戦死

中村勝 20・3・17 硫黄島 戦死

西巻保夫 20・6・1 戦死

野辺登 19・11・4 比島 戦死

浜田正熊 19・10・27 比島 戦死

林敬一 20・2・17 ニューギニア 戦病死

原禎男 19・9・2 戦死

細川利幸 20・7・5 カーコバル島 戦死

松岡通夫 20・9 沖縄 戦死

松崎清士 20・1・14 台湾方面 戦死

松田栄一 20・3・13 ルソン島 戦死

松前直広 20・4・21 比島 戦死

三浦清澄 19・6・11 北支 戦死

宮川清 19・10・2 戦死

山川明 19・8・4 戦病死

山口善雄 戦死

山下勝男 20・4・23 湖南省 戦病死

山下昇 20・1・5 硫黄島 戦死

輪島善之助 22 戦病死

専門学校法律科

伊藤隆男 20・6・16 沖縄 戦死

伊藤義治 19・6・29 ラバウル 戦死

磯辺鱗太郎 20・11・26 戦死

大室栄作 20・6・8 ネグロス島 戦死

太田伍朗 20・2・10 マニラ 戦死

加藤文雄 20・3・17 硫黄島 戦死

亀井猶釭 20・1・28 黄海 戦死

木原達三 19・3 ラバウル 戦病死

木村八郎 19・4・2 戦死

日下隆 19・11・4 南支那海 戦死

久保明 20・3・21 南西諸島 戦死

小早瀬義雄 19・7・23 南方 戦死

清水道之 20・7・25 ルソン島 戦死

田久保貞之 20・8・4 朝鮮沖 戦死

田中作次 20・3・2 山口県 戦死

高水宗一 20・7 戦死

蝶名林(旧姓原田)庄吾 20・12 戦病死

中川弘 20・7・31 比島 戦死

野村英集 20 戦死

浜俊雄 19・7・18 戦死

桧野弘 19・6・29 戦死

平川寛次 19・2・24 比島 戦死

古厩宗次 19・8・18 比島海面 戦死

松谷健 20・2・10 比島 戦死

三角時男 20・1・6 戦病死

武藤進 20・7・30 ビルマ 戦病死

諸熊統一 20・8・1 ボルネオ 戦病死

柳沢仁 20・2・13 ルソン島 戦死

山内弘 20・4・7 ルソン島 戦死

山口隼人 20・7・30 ビルマ 戦死

山田良一 戦時死亡

和田誠太郎 22・2・20 ソビエト

専門学校商科

足立芳郎 20・4・16 南西諸島 戦死

芦田義孝 20・4・21 戦死

伊藤一男 20・4・21 宇佐航空基地 戦死

五十嵐勉 20・6・9 北支 戦死

池田徐 19・10・13 千島列島 戦死

磯村隆雄 19・10・14 戦死

岩城康二 20・3・10 戦死

宇都宮明 19・11・24 北支 戦死

江草陽 19・7・31 西太平洋 戦死

江橋厚二郎 19・12・16 比島 戦死

円並地正壮 20・4・6 南西諸島 戦死

大竹与志雄 21・2・11 平壌 戦病死

大野敏一 20・6・29 戦死

沖山文忠 20・5・15 南西諸島 戦死

加賀谷潔 19・8・22 綿州省 戦死

勝野芳人 20・7・11 殉職

金井安次郎 20・4・10 比島 戦死

鎌田正男 19・6・21 詫間海軍航空隊 殉職

川又毅 20・7・1 戦死

河原操 19・7 戦死

木村正雄 19・7・15 戦死

小出利久 19・7・25 戦死

小柳唯男 19・11・14 千葉県沖 殉職

近藤寛司 21・1・21 延吉 戦死

近藤鋼司 20・5・6 ルソン島 戦死

佐藤芳郎 19・10・19 湖南省 戦死

斎藤勇 20・4・6 南西諸島 戦死

坂本圭 20・9・10 宇都宮陸軍病院

進藤亮 20・2・16 千葉県上空 戦死

関口良夫 19・7・18 マリアナ諸島 戦死

田中精之助 20・3・18 九州沖 戦死

田中孝 19・6・2 戦死

田中敏郎 19・4・19 スマトラ 戦死

田中博 19・11・29 山東省 戦病死

滝山義博 19・12・20 レイテ島 戦死

谷口順俊 20・2・25 ビルマ 戦死

徳地薩夫 20・5・20 ルソン島 戦死

冨田弘人 20・9・23 戦死

中川昌弘 20・4・29 沖縄 戦死

橋本正吉 20・4・21 戦病死

日吉恒夫 20・4・7 南西諸島 戦死

広田肇 20・6・27 戦死

福田公雄 20・7・21 ルソン島 戦死

古市卓平 19・11・15 マレー 戦死

町田次男 20・6・18 三重県 戦死

松井享 19・8 戦死

松下勇 20・7・7 戦死

松下博 19・8・30 支那 戦死

松島重信 20・5・22 沖縄上空 戦死

皆川輝夫 20・7・13 戦死

安田宗三郎 20・3・31 福島県沖 殉職

吉田勇 20・3・17 台湾海峡 戦死

渡辺幸男 20・1・26 戦死

 昭和一九年九月卒業

政治経済学部

安部勉 20 戦死

飯田進 20・3・12 戦死

石塚俊美 20・1・30 ルソン島 戦病死

海上努 戦死

小田島敏夫 22・7・18 戦病死

及川泰助 20・2・25 海南島沖 戦死

大坪克己 20 戦死

岡田秀雄 19・10・18 マニラ沖 戦死

加藤宏 20・3 戦死

柏倉繁次郎 20・4・7 南西諸島 戦死

河村純夫 20・7・1 黄海 戦死

小泉五郎 20・8・14 マニラ沖 戦死

小林勇雄 20・7・1 レイテ島 戦死

小宮衛 20・1・3 比島 戦死

佐野司朗 20・5・1 ルソン島 戦死

新家秋久 19・9・25 ルソン島 戦死

添田利一 20・6・29 戦死

高木多喜雄 比島 戦死

高橋秀介 20・7・17 レイテ島 戦死

高山辰夫 20・1・2 戦死

樽本藤紹 20・6・7 ルソン島 戦死

冨永義仁 19・10・18 南支那海 戦死

難波雄之助 戦死

西山安武 19・10・22 湖南省 戦死

東正弘 20・2・15 沖縄 戦死

日比一正 19・12・28 台湾 殉職

広瀬豊 20・5・3 黄海 戦死

福田喬 20・5・11 南西諸島 戦死

細田真吾 20・8・13 戦死

松島政雄 22 戦病死

丸山英勝 20・9・12 セブ島 戦病死

宮田博 20・6・15 戦死

村上治 19・6・20 霞ケ浦 殉職

森安和之 20・8・6 広島 原爆

湯沢三寿 20・5・11 南西諸島 戦死

湯本厚 20・4・17 戦死

和田義太 19・12・14 ソルン島沖 戦死

法学部

青山理 19・7・18 サイパン島 戦死

浅賀本三 戦死

石川孝治郎 20・5・27 戦死

宇高正生 20・3・12 南西諸島 戦死

大越通明 20・5・25 南西諸島 戦死

海瀬亀四郎 戦死

金子俊太郎 戦死

川添哲夫 19・12・24 北支 戦死

小林宏光 20・3・15 ルソン島 戦死

杉松茂 20・7・30 ルソン島 戦死

高木泰彦 20・7・15 津軽海峡 戦死

高田民雄 19・11・12 東支那海 戦死

高梨朗 19・12・28 台湾 殉職

中島栄二 20・5・10 戦死

永松博 20・10・1 松江療養所 戦病死

成毛基彦 20・2・16 串本沖 戦死

福井敏彰 20・8・20 山形県 戦傷死

松井圭四郎 20 比島 戦死

三野仁 20・4・16 沖縄 戦死

村瀬稔 20・4・12 南西諸島 戦死

山川敏夫 22・3 ソビエト 戦病死

渡辺謹次郎 20・4・17 八重山列島 戦死

文学部

青木貞雄 20・3・30 戦死

猪川隆一 19・10・29 戦死

石井克 20・8・21 満州 戦死

大沼勤一 戦病死

岡本馨 戦死

加藤秀輝 20・3・29 仏印沖 戦死

小北茂夫 20・1・23 ルソン島 戦死

佐藤信夫 21・9 戦病死

田口土切 19・9・1 硫黄島 戦死

武内敏泰 20・4・24 比島 戦死

戸村勇 20・6・10 ルソン島 戦死

中村恒二 20・5・14 種子島 戦死

林田好生 19・7・4 戦死

前田秀篤(昭一六専政卒) 20・3・22 戦死

望月誠 20・6・19 戦死

簗浦操 戦死

山岡芳男(昭一六高師卒) 20・7・31 戦病死

和田昌蔵 19・11・13 マニラ 戦死

商学部

麻生摂郎 20・4・29 南西諸島 戦死

新井泰爾 20・6・29 沖縄 戦死

伊藤五郎 20・4 戦死

池田秋三 20・3・21 ルソン島 戦死

市川尊継 20・2・26 硫黄島沖 戦死

市島保男 20・4・29 沖縄沖 戦死

今井直美 20・5 比島 戦死

今村仁一郎(昭一五専政卒) 19・9・26 ニューギニア 戦死

入谷篤治 20・8・16 殉職

岩元芳郎 20・8・12 内地 戦死

江川弘次 19・12・5 バシー海峡 戦死

小河原良輔 20・5・25 戦死

小幡勢一 20・2・10 北支 戦死

大森四郎 20・3・31 ルソン島 戦死

清田長寿 20・7・31 比島 戦死

葛和善治 20・3・18 九州南東海面 戦死

倉田慎之助 20・3・18 比島 戦死

黒川武二 20・4・7 南西諸島 戦死

桑原浩一(昭一六専商卒) 21・11・25 戦病死

込谷正 20・12・2 富山県 戦病死

近藤清 20・4・28 南西諸島 戦死

今野芳明 20・1・9 戦死

佐藤栄一 20・6・20 沖縄 戦死

佐藤栄樹 20・2 戦死

榊原熙 20・4・19 戦死

桜井安太郎 19・12・4 コレヒドール島 戦死

椎名貴 19・4・22 ニューギニア 戦死

清水美千雄 20・5・15 ルソン島 戦死

妹尾武彦 20・8・14 戦死

関城達夫 20・8・24 広島 戦死(原爆)

田平武美 戦死

谷嘉郎 19・7・30 ビルマ 戦病死

谷沢英夫 マニラ 戦死

中田清一 20・8 戦病死

中村文弥 19・11・12 東支那海 戦死

西川篤 19・12・29 戦死

西村清 20・9・11 ルソン島 戦死

野瀬秀夫 19・8・18 比島 戦死

野津誠 20・6・3 南西諸島 戦死

平野季三郎 20・5・27 ルソン島 戦死

広瀬正次 20・8 富山湾 戦死

藤崎隆蔵 19・12・18 戦死

堀江泰治 20・3・30 ルソン島 戦死

松本敏男 戦病死

三輪逸男 19・12・23 比島沖 戦死

水谷泉司 19・6・26 インド 戦死

宮沢俊彦 20・7・9 ルソン島 戦死

森一 20・8・22 スマトラ 戦死

森田博夫 20・6・26 比島 戦病死

山本謹治 20・5・4 南西諸島 戦死

理工学部

伊藤幹二郎 20・3・15 比島 戦死

石本重治 20・5・20 比島 戦死

上井秀二 20・7・3 レイテ島 戦死

小野寺淳一郎 19・11・16 比島 戦死

黄合勝 20 マニラ付近 戦死

岡崎俊夫(昭一六専工卒) 19・8・17 戦死

川口竹雄 比島 戦死

国富倫雄 20・7 戦死

近藤淳三 20・8・14 戦死

桜井辰夫 20・8・11 広島 戦死(原爆)

田中耕吉 戦死

高橋司 19・5・8 ニューギニア 戦死

高原淳一郎 20・8 東支那海 戦病死

林重平 19 満州 戦病死

向井太郎 19・8・30 支那 戦病死

専門部政治経済科

秋田曠 20・2・28 比島 戦死

浅井茂勝 戦死

天野美明 20・5・14 戦死

粟村敏夫 20・4・16 南西諸島 戦死

石部立雄 20・5・13 沖縄 戦死

板原駿郎 19・12・8 横須賀海軍病院 戦病死

一戸良雄 19・6・8 戦死

市田久弥 19・11 比島 戦病死

大島喜久夫 20・1・15 高雄港沖 戦死

大原俊胤 20・1・27 中支 戦死

荻野浩司 ビルマ 戦死

河野宏 戦死

菊地治隆 20・6・7 戦死

岸田弘 20・4 南方 戦死

黒川哲夫 19・12・24 中支 戦病死

河野方威 20・6・10 比島 戦死

米華貞二郎 20・4・30 南方 戦死

角哲夫 20・6・20 戦死

田中利郎 20・4・18 比島 戦死

滝口弘之 20・6・15 比島 戦死

竹成春雄 20・8・6 比島 戦死

土家孝一 20・4・12 南西諸島 戦死

内藤勉 南方 戦死

中島文郎 20・6・20 那覇 戦死

蓜島寛二 20・1・29 ホロ島 戦死

林尚之 戦病死

本多慎市 20・4・29 比島 戦死

六車武 19・10・25 レイテ島沖 戦死

森隆 21・8 ソビエト

八塚利人 20・5・10 茨城県 戦死

保田重彦 20・10・14 戦死

山田和夫 19・12・6 ルソン島 戦死

湯田昌平 19・10・25 レイテ島沖 戦死

渡辺昌二 20・8・16 セブ島 戦死

専門部法律科

秋山桂己 20・1・28 ホロ島 戦死

池田喜平 20・5・25 陸軍省 戦死

石井馨 ネグロス島 戦死

石木直 北支 戦死

板垣孔志 20・5・29 ルソン島 戦死

一倉三千年 硫黄島 戦死

加地照郎 20・11・24 比島 戦死

亀井勝男 戦病死

木下伝 22・8・2 戦死

久保田義明 20・7・6 戦死

小林博 シベリア 戦病死

塩山哲夫 20 台湾 戦死

宍田博 20・7・5 ルソン島 戦死

杉本明 20・6・6 南西諸島 戦死

玉置美世志 戦死

中村恵吉 戦死

中村栄夫 戦病死

永谷利幸 中支 戦死

西村尚次 比島 戦死

長谷川忠司 19・7 サイパン島 戦死

備前英之 比島 戦死

広田稔 広島 戦死

本多公夫 20・4・24 比島 戦死

本多由尚 戦病死

松永一男 北支 戦病死

三井田幹止 戦死

峰島伸彦 戦病死

宮沢米助 19・9・22 横須賀海軍病院 戦病死

山口亘 20・5・19 ルソン島 戦死

山崎栄顕 20・2・22 マニラ 戦死

専門部経営科

秋山正也 20・8 上海 戦病死

石部輝彦 20・8・7 広島 戦死(原爆)

倉田道次 20・5・28 南西諸島 戦死

小山慶三 戦病死

佐野誠 戦死

田坂稔 20・6・30 比島 戦死

田村徳治 19・9・18 鈴鹿航空基地東方海面殉職

滝沢秀夫 20・7・30 ルソン島 戦死

武次清 20・6・20 戦死

出羽正明 20・8・10 ルソン島 戦死

仲野好裕 20・6・7 ルソン島 戦死

西山清吉 19・11・18 東支那海 戦死

野間洸 19・11・17 東支那海 戦死

桧山国次 20・10 戦病死

藤井文男 20・10・4 戦病死

堀井健三 20・8・11 木更津基地 殉職

増田善典 20・8・21 戦死

水上時雄 戦死

密本栄一 20・3・24 東支那海 戦死

村上正義 19・6・10 ビルマ 戦死

村瀬政広 20・5・18 沖縄 戦死

山本義郎 20・7 戦死

専門部工科

新木啓一郎 20・7・26 仙台第一陸軍病院 戦病死

北御門平 戦死

近藤兵庫 20・1・28 仙台第二陸軍病院 戦病死

平原喜代治 戦病死

村田和夫 20・7・7 レイテ島 戦死

高等師範部国語漢文科

市川寛次 20 ジャワ 戦病死

佐藤定 20・5・31 ルソン島 戦死

末田次男 22 シベリア 戦病死

春山富健 19・10・5 ルソン島 戦死

高等師範部英語科

雨宮秀光 19・9・18 鈴鹿航空隊 殉職

片柳敦 20・10 宇都宮陸軍病院 戦病死

川口政雄 戦死

久宗清登 20・8・26 戦死

水野勇 戦病死

専門学校政治経済科

戎井朋重 19・9・19 戦死

榎本寛一 20・6・13 沖縄 戦死

金井義則 19・12・2 男女列島沖 戦死

金子長作 19・9・15 千葉陸軍病院 戦病死

栗田一夫 19・11・17 東支那海 戦死

津川義治 20・3・30 戦死

比留間敏夫 19・12・24 戦死

平野晴靖 20・4・29 満州 戦死

古谷純男 20・4・12 南西諸島 戦死

町田尚夫 20・3・25 戦死

矢内光雄 20・6・20 ルソン島 戦死

山崎康興 20・3・25 戦死

山田善一 20 比島 戦死

吉川義治 20・2・7 戦死

専門学校法律科

伊東祐之 20・6・18 比島 戦死

佐々木正雄 20・5 レイテ島 戦死

佐藤秀夫 20・3 比島 戦死

佐山敏英 20・10・29 江西省 戦病死

鈴木邦彦 20・6・23 沖縄 戦死

高津晛司 19・11・5 比島 戦死

高橋正也 19 比島 戦死

富樫恭太郎 20・6・10 ルソン島 戦死

松下庄作 19・7・18 サイパン島 戦死

渡辺英雄 20・5・6 台湾 戦死

専門学校経営科

池上幸男 戦死

上野光哉 20・3・15 ルソン島 戦死

河原茂 20・3・19 ルソン島 戦死

木村広治 19・10・7 南支 戦死

坂田寿夫 20・2・16 北支 戦死

鈴木三郎 19・8・21 戦死

鈴木重男 20・7・3 ルソン島 戦死

鈴木藤郎 20・8・14 ルソン島 戦死

田島実 ルソン島 戦死

玉林寿男 19・10・25 比島 戦死

奈良田喜信 19・10・16 マニラ 戦死

中川勝 20・6・6 南西諸島 戦死

長谷部寛 20・6・20 沖縄 戦死

松本繁夫 20・6・24 戦死

山崎直志 20・7・15 台湾 戦死

山本正美 20・7・30 ルソン島 戦死

 昭和二〇年九月卒業

文学部

楠山芳男 20 戦死

商学部

栗山智太郎 20・8・18 戦死

理工学部

助川元治 20・5・25 理工学研究所 戦災死

専門部法律科

小沢信一 20・7・30 戦死

音吉宗十郎 20・5・25 日本鋼管鶴見造船所 戦災死

北川義亮 20・5・29 戦災死

工藤清 20・4・23 戦災死

佐々教雄 21・3・14 戦病死

桜内一 20・8・17 山西省 戦死

萩原孝一 20・10・25 満州 戦病死

専門部経営科

森園厚 22・1・27 花蓮港陸軍病院 病死

専門学校政治経済科

土井修 21・9・7 朝鮮・収容所

専門学校法律科

小野亨 20・12・29 戦死

田中正男 21・5・10 ソビエト

専門学校経営科

勝治恒雄 20・4・26 台湾沖 戦死

西岡斉 21・2 ソビエト 戦病死

納藤光太郎 20・3・10 東京 戦災死

 昭和二一年九月政治経済学部卒業

丸山彰夫 20・5 ルソン島 戦死

三 在学生

 昭和八年四月文学部入学

小森忠夫 12・10・2 山西省 戦死

 昭和一一年三月工手学校入学

菱谷敏郎 12 満州 戦死

 昭和一一年四月入学

法学部

浅井正生 17 比島 戦死

専門部法律科

三橋保夫 13・6・1 河南省 戦死

 昭和一三年四月入学

法学部

仁礼景康 15・8・29 支那 戦死

専門学校商科

奥田金蔵 戦死

 昭和一四年四月入学

第二高等学院

福中五郎 20・2・10 ブーゲンビル島 戦死

専門部商科

猪狩功 14・7・8 満蒙国境 戦死

専門学校商科

石本剛也 戦死

 昭和一五年四月入学

第一高等学院

中島広一 17・12・20 ビルマ 戦死

専門学校政治経済科

村形義孝 18・5・29 アッツ島 戦死

 昭和一六年四月入学

商学部

小山斗桝 19・9・7 ビルマ 戦死

第一高等学院

田沢義治 20・4・12 南西諸島 戦死

専門学校政治経済科

宮崎達男 戦死

 昭和一七年四月入学

第一高等学院

京谷英治 20・5・11 沖縄沖 戦死

得能利量 20・10・30 江蘇省 戦病死

畑武一 20・1・3 大村航空基地西方海上 殉職

三橋博雄 19・12・13 宇都宮飛行場 戦死

第二高等学院

大梁弘一 20・5・18 ルソン島 戦死

黒田之朗 20・1・7 東支那海 戦死

矢田卓造 戦死

山本久而夫 19・12・26 比島 戦死

商学部

及部孝之 20・3・10 ルソン島 戦死

森本種雄 20・3・17 硫黄島 戦死

理工学部

松浦良三 19・6・20 北満 戦病死

宮沢義輔 20・3・3 台湾沖 戦死

専門学校政治経済科

斎藤晴成 戦死

 昭和一七年一〇月入学

政治経済学部

伊藤秀雄 20・4・28 室戸岬沖 戦死

岡田知一 20・3・19 ルソン島 戦死

岡本暁 20・3・15 ルソン島 戦死

小川清 20・5・11 南西諸島 戦死

大竹淳 20・6・26 ルソン島 戦死

高木三郎 20・8・19 世田谷陸軍病院 戦病死

館幹夫 20・6・14 沖縄 戦死

手塚完 20・7・28 瀬戸内海 戦死

中村兼太郎 20・7・2 ルソン島 戦死

福持暉清 20・3・8 比島 戦死

福家友一 20・4・24 比島 戦死

富士沢清 戦死

水知創一 20・6・27 サイパン島東方 戦死

宮崎香織 20・8・11 鹿児島県日置郡 戦死

宮下宗夫 20・4・9 山東半島沖 戦死

山田尚美 20・4・19 セブ島 戦死

渡辺重信 21・7・29 東京 戦病死

法学部

金森一良 戦死

鈴木重幸 20・5・25 南西諸島 戦死

成田猛雄 20・7・30 シンガポール沖 戦死

根岸啓 20・1・8 台湾 戦死

湯沢生次郎 20・5・13 戦死

文学部

野田佳穂(昭一七専法卒) 20・6・2 比島 戦死

牧野恒夫 20・7・29 青森県 戦死

吉村友男 19・10・18 比島沖 戦死

柳沢信夫 20・8・21 香川県 殉職

商学部

上野隆祐 20・3・17 硫黄島 戦死

木村隆 20・4・7 戦死

壼井重治 20・5・4 南西諸島 戦死

寺尾尚之 20・3・29 南西諸島 戦死

寺田鉄三 20・7・10 ルソン島 戦死

中村功二 20・2・17 豊橋 戦死

西島峻一 20・4・21 宇佐航空基地 戦死

西堀登 20・10・1 戦死

西脇芳次郎 20・8・13 北海道沖 戦死

阪恒雄 20・3・29 戦死

古田勲 20・3・18 仙台陸軍病院 戦病死

渡辺健二郎 20・4・12 南西諸島 戦死

 昭和一八年四月入学

第一高等学院

岩崎純造 21・6・3 セブ島 戦死

今石毅 20・8・15 満州間島省 戦死

太田幸男 20・1・17 ルソン島 戦死

川本宗太郎 19・11・18 戦死

白石久 21・5・6 戦死

中山一歩 20・4・2 奄美大島 戦死

久野八郎 19・9・10 横須賀(勤労動員中)

平井良一 21・5・31 戦死

前田恭平 19・12・19 安徽省 戦死

安岡勇 21・11・5 戦死

第二高等学院

有田久一郎 24・1・8 東京 戦病死

貝出宏 19・7・22 東京(勤労動員中) 病死

渋川浩 23・3・4 戦死

林正俊 20・5・4 南西諸島 戦死

真壁陸郎 20・8・14 内地 戦死

宮坂道夫 20・8・6 広島 戦死(原爆)

専門部法律科

武井信夫 20・4・6 南西諸島 戦死

箕内澄夫 20・5・19 愛媛県 殉職

専門学校政治経済科

井上健 20・5・31 戦死

阪田孝 21・8・7 戦死

鈴木金松 硫黄島 戦死

専門学校法律科

新野郁夫 20・8・9 玉造基地・日本海 戦死

平良為則 20・7・7 戦病死

高橋政治 戦死

矢沢操 20・3・10 戦災死

山田敞一 戦死

専門学校商科

一柳正直 戦死

小林安雄 戦死

田野好美 20・4・24 比島 戦死

 昭和一八年一〇月入学

政治経済学部

市川実 20・5・25 南西諸島 戦死

金子照男 20・6・22 南西諸島 戦死

中尾和夫 19・11・19 比島 戦死

法学部

伊藤健一 21・1・13 陸軍病院清瀬療養所 戦病死

伊東基之 19・11・13 マレー第一野戦病院 戦病死

稲岡雅雄(昭一八専法卒) 19・10・18 比島沖 戦死

加藤清雄 20・5・22 吐噶喇列島沖 戦死

鈴木紀夫 20・5・13 ミンダナオ島 戦死

中島勝美 20・11・8 ネグロス島 戦病死

向谷道彦(昭一八専校法卒) 20・2・25 ルソン島 戦死

山内勝友 戦病死

文学部

渥美秀雄 戦死

大塚富三郎 20・8・7 豊川海軍工廠(勤労動員中) 戦死

岡誠 戦死

四角健(昭一七専法卒) 20・4・4 朝鮮海峡 殉職

田中守(昭一七専政卒) 19・11・5 レイテ島リモン付近 戦死

商学部

会田正亥 20・5・30 比島 戦死

内田勝人 戦死

瓜島温(昭一八専商卒) 20・9・12 ルソン島 戦死

江口卯一 20・6・22 神威岬 戦死

枝幹二 20・6・6 南西諸島 戦死

香川保 20・3・29 南西諸島 戦死

門悌三郎 20・4・21 宇佐航空基地 戦死

近藤三夫 19・9・21 バシー海峡 戦死

中村勉 戦死

西山英二郎 滋賀海軍航空隊 事故死

松本(旧姓北沢)明 21・6・7 満州ハイラル 戦死

理工学部

浅野浩一 20・7・3 ボルネオ・バリクパパン 戦死

熊谷健太郎 20・8・7 豊川海軍工廠(勤労動員中) 戦死

中原克郎 19・10・25 レイテ島沖 戦死

西沢康雄(昭一八専工卒) 20・2・24 戦死

若山信和 20・2・18 コレヒドール島 戦死

 昭和一九年四月入学

第一高等学院

島田正久 20・3・10 東京 戦災死

専門部政治経済科

浅井勝也 20・8・7 豊川海軍工廠(勤労動員中) 戦死

片瀬和夫 20・8・7 豊川海軍工廠(勤労動員中) 戦死

古西照雄 20・8・7 豊川海軍工廠(勤労動員中) 戦死

塩原照衛 20・8・7 豊川海軍工廠(勤労動員中) 戦死

庄司一成 20・8・7 豊川海軍工廠(勤労動員中) 戦死

瀬尾潔 20・8・7 豊川海軍工廠(勤労動員中) 戦死

田中国司 20・8・7 豊川海軍工廠(勤労動員中) 戦死

田中広 20・8・7 豊川海軍工廠(勤労動員中) 戦死

田原昭 20・8・7 豊川海軍工廠(勤労動員中) 戦死

中島幸一 20・8・7 豊川海軍工廠(勤労動員中) 戦死

広瀬光夫 20・8・7 豊川海軍工廠(勤労動員中) 戦死

山本和雄 20・8・7 豊川海軍工廠(動労動員中) 戦死

専門部法律科

杉山一長 19・11・23 日本鋼管横浜工場(勤労動員中) 公傷死

専門部経営科

大倉信彦 21・4・28 上海陸軍病院 戦病死

高等師範部国語漢文科

金田正 19 勤労動員中

専門学校法律科

鈴木浩 20・3・10 戦災死

 昭和一九年一〇月入学

政治経済学部

木戸六郎 20・5 戦病死

降旗武明 20・3・1 パラワン島 戦死

文学部

杉浦猪四郎 20・12・21 蘭印 戦死

理工学部

青山三郎 20・3・10 東京(学徒消防隊) 殉職

朝熊英彦 20・3・10 東京(学徒消防隊) 殉職

石丸昌之(昭一九専工卒) 20・8・7 豊川海軍工廠(勤労動員中) 戦死

原田房承 20・3・10 東京(学徒消防隊) 殉職

二上淳一 20・3・10 東京(学徒消防隊) 殉職

星野和郎 20・3・10 東京(学徒消防隊) 殉職

茂木勝美 20・3・10 東京(学徒消防隊) 殉職

吉松信義 20・3・10 東京(学徒消防隊) 殉職

大学院

星野隆(昭一九理卒) 20・5・25 東京 戦災死

 昭和二〇年四月入学

商学部

篠崎裕彦 21・5・31 東京 戦病死

第一高等学院

西村晧 20・12・3 戦傷死

専門部工科

塩見昭 20・5・25 東京 戦災死

専門学校政治経済科

中越忠勝 20・5・26 戦災死

吉村久男 20・4・13 戦病死