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 『早稲田大学百年史』全七巻(通史五巻、別巻〈学部・付属機関等史〉二巻。総索引・年表は別に刊行される)が、ここに完結を迎えるに至った。早稲田大学創立百周年の記念事業として着手された百年史の編纂事業が、この第五巻をもって掉尾を飾ることができたのである。

 この大学史編纂のことは、本大学創立百周年(一九八二年)に先立って、一九六二年の創立八十周年当時から準備された。そして、一九七〇年に、「本大学の歴史および大隈重信の事蹟を明かにし、これを将来に伝承するとともに本大学の発展に資すること」を目的にして設立された大学史編集所が、大隈重信研究とともに大学史の編纂を直接担当し、これを推進する機関として今日に至っている。

 『早稲田大学百年史』の通史の編纂は、当初より二段構えの方針に基づいて進められた。すなわち、はじめに活字製本になる稿本を作成して、これを広く学苑各個所および関係者に配布し、多方面から検討していただくとともに錯誤補訂等の意見をもいただき、それらを集約して定本版を刊行するという編集手順が採用された。従って、この百年史は、まず『稿本 早稲田大学百年史』第一巻上を一九七二年に刊行したのを皮切りに、以下中・下巻を刊行した。これを訂正増補あるいは改めて新草稿を加えるなどして最終原稿を作成し、定本の『早稲田大学百年史』第一巻を編纂刊行し、以後順次第五巻に至るまで、この稿本から定本化への作業が重ねられた。

 しかし、当所は、この間、大学史の編纂のみに専念することを許されず、他の重要な大隈重信の事蹟研究にも従わなければならなかった。大隈研究とは、単に大隈の言動等の研究だけにとどまるものではなく、広く大隈周辺、例えばそのブレインの研究までをも含んでいる。そのため、その一環として、創設の功労者であり大隈の最も有力なブレインであった小野梓の研究にも着手し、史料を博捜して『小野梓全集』全五巻および『小野梓の研究』を編集・刊行した。また、大隈自身に対する研究としても『大隈重信とその時代』を編集・刊行し、さらに、関連する稀覯本を復刻するなどの作業も併行して行っていたためもあって、百年史の完結は、大幅に遅延する結果となった。

 だが、諸業務による遅延の他に年月を費やした最大の理由は、既刊の学苑史をそのまま鵜呑みにしてこれに依拠することなく、できるだけ原史料にあたりつつ、しかも今日の視点から検討を加える姿勢を保って精確を期することを心掛け、全く想を新たにして編纂することに努めたからである。また、従来の大学史が、ともすれば、制度史・機構史に偏りがちであることに鑑みて、他に国の高等教育政策史を勘案しつつ、学術史、教員史、職員史、学生生活史、校友史、そして学苑を取り巻く地域史などにも広く留意して、近現代史における歴史的存在としての学苑の歴史を総体的に浮き彫りにしたいとの想いが、その作業に長い歳月を要する結果となった。

 私たちは近年大学に課せられている「自己点検」を考慮するとき、大学自身の手による自校の学苑史こそが、自省を込めた大学自身の歴史的自己点検を最も総合的に表わすものであり、未来への新たな展望の素材を提供するものであると考えている。完結にあたり、次の自己点検に向けて、学苑史の一層の深まりを自らに課したいと思う。

 おわりに、長年月にわたり江湖より寄せられた懇切なるご教示と学苑関係者の全面的なご協力に対して深甚なる感謝の意を表する次第である。

一九九七年一月一五日

早稲田大学大学史編集所長 常任理事 牛山積