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 早稲田大学は、四年余り後に、その前身東京専門学校が設立されてから百周年を迎える。大学では学祖大隈重信、建学の父小野梓をはじめとして、大学を築いた人々、明治維新からの時代相、各時代背景を捉えて、一世紀の大学の歩みを忠実に集録し、『早稲田大学百年史』通史四巻、その他二巻、併せて六巻を昭和五十七年秋までに刊行する予定である。大学史編纂のことは既に創立八十周年(昭和三十七年)当時から準備されていたが、現在これを直接担当・推進しているのは、大学史編集所(昭和四十五年設立)である。

 よく大学は永遠の生命を持っていると言われる。確かに日本の大学の歴史は浅い。古いものでも百年を超えているのは稀である。大学が潰れたということはあまり聞かない。西欧には九百年に近い歴史を誇る大学さえある。大学は、その名が保たれているだけでは、大学の生命が保たれていると言えないであろう。その理念と使命が確実に生かされていないならば、それは死んだ大学である。殊に私学においては、創学の理想、建学の精神が、その大学の生命の中枢である。常に反省する必要がある。

 早稲田大学がその百年の歴史を綴ろうというのは、大学が、果して創学の理想と建学の精神に則って生命を保ち、未来にそれを続けることができるかを確かめる上に重要な意義を持っているからである。早稲田大学はその設立当時から圧迫・誤解・偏見その他多くの苦難の道を歩んで来た。しかしそのなかに栄光ある歴史を展開しながら発展し、百年の齢を重ねて来たのである。そして日本の近代化に偉大な貢献を成し遂げて来たことも間違いない事実である。歴史はただそれを振り返って過去を確かめ、或いはその夢を追うだけでは、何の意味も持たないのである。これを反芻して未来への基盤となし、新たな理想と大学精神を振起するところに、大きな意義がある。従って今回企図されている大学百年史は、過去において多彩な特徴を以て出版された多数の大学記念誌とは趣を異にしている。大学一世紀の歩みを、できるだけ多くの資料から検討・研究のすえ、一貫性を以て編纂された、早稲田大学の校史の決定版とも言えるものである。

 早稲田大学は、日本の私学として不抜の地位を確保している。創立者大隈重信は、明治維新から新政府にあって新しい日本を模索し、議会政治を確立し、たびたび台閣に上り、その首班となること二度にも及んだ。しかしながら政治家として縦横の才腕を揮った大隈重信の名を不滅のものとし、「国民的英雄」としたのは、早稲田大学の創立があったからである。そこでは若い青年に夢と希望を与え、国民の心に訴える校風、反骨と批判の精神、新しい世界の文明を創造しようという、人間性と人類への理想の実現を大学において結んだからである。また大学の建学が小野梓によって実現されたことは、大学のためにも、大隈重信のためにも、最も重要なことである。小野梓は政治勢力の支配に属さない大学の設立を唱えて、学問の自由を貫いた。無節操に西欧に靡いていた明治初年の知識人に強い警告を与え、日本の学問の独立を主張した。明治十四年新日本の暗い政変の翌年の早稲田大学の創立に、小野梓を欠いていたら、恐らく日本の近代化は大きな蹉跌を来たしていたのではなかろうか。

 終りに本書の発刊に当り、資料の蒐集その他に協力を惜しまれなかった各位に深甚の敬意と感謝の念を捧げたい。

昭和五十三年三月

早稲田大学大学史編集所長 総長 村井資長