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緒言

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 早稲田大学は過去に六回、自校の歴史を上梓した。すなわち、『早稲田大学開校東京専門学校創立廿年紀念録』(明治三十六年六月)、『廿五年紀念早稲田大学創業録』(明治四十年十月)、『創立三十年紀念早稲田大学創業録』(大正二年十月)、『半世紀の早稲田』(昭和七年十月)、『早稲田大学七十年誌』(昭和二十七年十月)、『早稲田大学八十年誌』(昭和三十七年十月)がこれである。いま近く創立百年を迎えようとする早稲田大学が、『早稲田大学百年史』を刊行することに決したのは、いたずらに屋上に屋を架せんとするものではない。一世紀の日子は、大学の過去の成長を回顧し評価する一つの区切として適切と判断されるばかりでなく、既刊の本大学史中にも原史料の再検討によって記述に当を欠くものが必ずしも絶無とは言えず、また刊行時にあっての種々な考慮により、故意の省略も散見されるので、この際想を新たにして百年史を編むことには十分の意義が存在するからである。

 早稲田大学史のための史料の蒐集は、戦前や戦中にあっても本大学で全く等閑に付せられていたわけではないが、戦後において昭和三十六年、図書館に校史資料係が設けられたのが組織的活動の端緒であり、爾来、教務部、総長室と所管が変遷した後、昭和四十四年大学史編集所として独立するよう決定、翌四十五年に至り漸く本大学付属機関として名実ともに具わるに至ったのであった。すなわち、その人的構成は左の如くである(†は物故者)。

顧問 阿部賢一 大浜信泉(昭和五十一年まで) 高垣寅次郎

運営委員 五十嵐久仁平(昭和四十九年より) 市川孝正(昭和五十一年より) 入交好脩(昭和五十一年まで) 荻野三七彦(昭和四十五年まで) 押村襄(昭和四十九年まで) 柏崎利之輔(昭和四十九年より) 兼近輝雄(昭和四十九年より) 川合幸晴 川副国基(昭和四十七年まで) 木村毅 木村時夫 小松芳喬 正田健一郎 滝沢武雄 中西敬二郎 中村吉三郎 新島通弘(昭和四十七年より) 野島壽平 浜田健三(昭和四十八年まで) 平田冨太郎(昭和四十七年まで) 古川晴風(昭和四十七年より) 増田冨壽(昭和四十九年より五十一年まで) 水野祐(昭和四十五年まで)

編集員 石山昭次郎(昭和五十年より) 木村毅 河野昭昌(昭和五十一年より) 小松芳喬 佐藤能丸(昭和四十九年より) 正田健一郎(昭和四十六年より) 高野善一(昭和四十八年まで) 滝沢武雄(昭和四十六年より) 谷本泰子(昭和四十七年より五十一年まで) 中西敬二郎 細野浩二(昭和四十七年より) 松本康正(昭和五十二年より) 和田穣

所長 小松芳喬(昭和五十一年まで) 村井資長(昭和五十一年より)

事務長 坂井秀春

 大学史編集所は、通史四巻、学部・付属機関等史二巻、計六巻の百年史の刊行計画を立案し、通史に関しては、一応稿本を世に送って、大方の叱正を仰いだ後、定本を刊行することとした。

 本第一巻は、上、中、下三分冊の稿本を、それぞれ昭和四十七年十月、昭和五十年三月、昭和四十九年三月に上梓したが、それらに関して江湖より寄せられた懇切なる教示と、その後発見せられた資料とにより、ここに補正を加えて完成に至ったものである。稿本は、木村毅総編集の下に、木村毅(第一編・第二編)、中西敬二郎(第二編・第三編)、和田穣(第四編)が執筆し、編集員会の討議を経たものであるが、本書においては第四編を第三編中に収めるよう書き改めたほか、全般に亘り小松芳喬が、編集員の協力を得て、雌黄を加えた。また、索引ならびに引用書目録の作成は松本康正が担当した。また写真のレイ・アウトについては、田中義朗氏および片岡秀夫氏を煩わした。

 稿本の準備より本巻の刊行に至るまで、多年に亘り、資料の閲覧、写真の撮影その他に関し、供与せられた便宜は枚挙に遑ない。稿本の誤謬を指摘せられた各位のご厚意に対してとともに、ここに深謝するものである。

昭和五十三年三月

早稲田大学大学史編集所